014 映える? バズる? ハルカ特製ピーチパフェ!
「ボク、オタのところへ行くよ」
「ご武運を───」
有友涼平と別れたボクは、大地を蹴って駆け出した。オタを受け止めてくれる人がいた。悩みを語れる人がいた。たとえ結論に至らなくても、ふわりと身も心も軽くなる。
会いたい、会いたい───オタに会いたい。
あの信号を渡ってコンビニを抜ければ、喫茶ひまわりはすぐそこだ。コンビニ前の桜の木から蝉時雨。ボクらの夏もすぐそこに───。
喫茶ひまわりの扉を開くと、お客は猫のおじさんだけだった。いつもの席と、いつものコーヒー。静かに本を読んでいる。
「琴音ちゃん。やっぱ、桃だよぉ~」
ボクの耳に、オタの声が飛び込んだ。
「そう思うかい? あたしの舌に狂いはなかったねぇ~。ハルカちゃんも、なかなかどうして……」
オタに満面の笑みで答える、おばあちゃん。
なにやら、話題の中心は『桃』のようだ。でもそれ、猫のおじさんに筒抜けだよ。おじさんは、本を読んでいるんだよ。静かにしないと、よくないよ。そういうとこだよ、ふたりとも……。
「よろしくお願いしまーす」
ふたりの会話を遮るように挨拶すると、
「「よろしくお願いしまーす」」
ツインズか?
ふたりの息がぴったりで、ハモり具合が狩人の『あずさ2号』のようである。いつ練習したの? そのハモリ。
「ねぇ~え、きみぃ。ちょうどよかった! これ、うちが真心を込めて作ってみました。食べてみ? クーっ! だよ」
そそくさと、オタが厨房に姿を消した。てか、クーっ! とは?
「ハルカちゃんのアイディアだよ。これをメニューに加えようと思ってるんだ」
これを……とは?
「ジャーン! ハルカ特製、ピーチパフェや」
なに、これ? パフェグラスのてっぺんに、桃がまるまる一個乗っている。これだけで……SNS映え確定じゃん。それと同時に思い出す。嫌でもそれを思い出す。「阿川さんは、パフェばかりですけれど……」ファミレスで発した、有友涼平のひと言を……。
「貴美子、駅ビルなんかに、お客を取られ続けるのもシャクだからね。これで勝負をしようかと思うんだ。この桃を使ってなにかできないかと思ったらさ、ハルカちゃんが『パフェなんてどう?』ってね。あれだろ? 今の女子高生ってのは、スマホの写真に踊らされるんだろ? だったら、これでハメてやろうじゃないの」
SNSを使って、若い女の子をそそのかす? 我が祖母ながら悪党めいた発想ですな。
「で、おばあちゃん。この桃はどこで買ったの?」
「決まってるじゃないか、駅ビルだよ。『四国フェア』で試食したんだ。気に入っちゃったから、買ってきた」
敵陣で仕入れとは……山下琴音、恐るべし。
「まぁ、貴美子も食べてみなよ。ハルカちゃんの力作だよ」
「うん。でも、食べにくそう……」
「ねぇ~え、きみぃ。桃の実に切れ目を入れたの。上からフォークで刺してみてよ」
オタの言うとおりにしてみると───
「あ、これすごくない? 食べやすいサイズに分離したじゃん……もしかして、天才か?」
「です、です。ほれ、食べてみ?」
天空にそびえる桃の実を、口にひと切れ含んでみると───なにこれ? すごく甘いじゃん! おいしいものに言葉はいらない。表情だけですべてが伝わる。
「クーっ! でしょ?」
オタがふにゃりとした笑みを浮かべている。
「でも、おばあちゃん。これ、お高いんでしょ?」
物価高騰の世の中である。ここは高級カフェとは違うのだ。
「貴美子、あたしをだれだと思ってる? そこは抜かりないよ。駅ビルで生産者と交渉したら……飛川さんだっけ? そう、飛川さん。仕入れ値はなんとかなりそうだ。ただ、数を売らないと儲けが出ない。だから、あんたらの力が必要なのさ」
「まっかせなさーい!」
オタがポンと胸を叩くと、スマホを指でタップした。
「投稿、整いました」
「ん?……ちょい待ち。これって、どこかのパクリじゃない?」
ボクがスマホで確認すると、似たようなパフェの画像がいくつもあった。
「オタ……これ、二番煎じだよね? ほら、同じような画像がいつくもあるよ」
「なにを言ってるのかにゃ、貴美子ちゃん。そんなの想定の範囲内っす。着目すべきは、こっちだよ。これが、この桃の公式サイトなのですよ、これこれ」
オタのスマホに目をやると、真っ赤な夕焼けと肩車。お父ちゃんの肩の上で、少女が桃を採っている。なんと幻想的な一枚なのだろう。
「ねぇ~え、きみぃ。この桃はね、写真の女の子が作ってるの。たぶん、写真のお父さんとね。『サンセット・プリンセス』ってブランド名だけど、うちは品種名にグッと来ました」
「なんて名前?」
「は・な・よ・め」
それはよきかな。瀬戸の花嫁かぁ……なんか、夢ある。
「売りがね、もうひとつあるの。この桃にはね、短い物語が添えてあるの。『夕姫』って題名のね。それがね、クーっ! なのよ。今年からの販売だから、手つかずの桃だよ。やるなら、今でしょ! それと、もういっこ。マダムが言ってた『グリム』って喫茶店が、この桃を使ったパフェの一号店なの、すごくね?」
「それって、白いヘッドフォンの?」
マダムとの会話が、ボクの新作『リアリティ』の原点だ。
「そう、ヘッドフォンの」
そう言えば……
「オタ。ところでだけれど、本は借りれた? マダムが貸してくれるって言ってた小説……覚えてる?」
刹那におばあちゃんの顔が青ざめた。
「あ、忘れてたよっ。年は取りたくないもんだねぇ~」
おばあちゃんが、慌ててカウンターの引き出しをまさぐっている。
「あった、あった。これ先週、お客さんから預かってたんだよ。『可愛いバイトさんに』ってね。今、思い出しちゃった。はい、ハルカちゃん」
そう言って、ペロリと舌を出すおばあちゃん。うーん……自称、永遠の二十四歳のテヘペロはどうだろう。
「うちは、これを待っていました。マダムに言いたかったけど、ずっとずっと言えませんでした。ハルカは今、感無量の思いです───」
早口でそう言って、オタが小説に目を通すと、オタの挙動が怪しくなった。しきりに小首を傾げている。
「どうした? オタ。また、気づいた……とか?」
ボクを見上げてオタが言う。
「そう、うちは気づいてしまったの。もしかしてだけれど、この人、『夕姫』の作者と同一人物じゃないかと思うの」
「そんなこと、わかるの?」
「だって……桃の生産者が飛川さんで、この小説の作者も飛川さん。文体もなんだか似てるの。つまり……これは事件ですよ、空乃カナタさん! ゴリラと検証しなければ───」
ゴリラ……ボクの心臓がコトンと揺れた。悟られぬように、オタに問う。
「どうして、有友君なの?」
「ねぇ~え、訊きたい? うちが教えてあげよっか?」
お兄さん指で、オタがメガネのフレームをクイっと上げた。もう、言いたくてたまらない表情だ。
「……そ、そうだね」
「ゴリラはね、作者のプロファイリングが得意なの。作品の行間から作家のビジョンを読み取るの。うちは、空乃カナタを男の子だと思っていたけど、ゴリラは女子だと断言したの。性格や髪型から身長まで。最初から、ゴリラはどんな子か言い当てた。ゴリラが描いた空乃カナタ像と、きみがぴったり一致していたの。あいつ、ゴリラのくせにすごくね? ってか、怖くね?」
それは、すごい。それよりも……。
「どうしたのぉ、きみぃ。顔が首まで真っ赤だよ?」
だって、そうでしょ? 有友涼平に、ボクの心の中まで見透かされているようで。てか、服の上から裸を見られた気分なのだ。それがとても恥ずかしい。その気持ちを隠すように、ボクは猫のおじさんに目を向ける。
「なんでもないよ。てか……今日のおじさんは、なにを読んでいるの?」
我関せずの面持ちで、おじさんが本を読んでいる。毎日のように顔を合わせているのに、ボクらの話題に入ろうとはしない。おじさんは、他人に興味がないのだろうか? もしかしたら、人嫌い? なんとなく、そう思う。
「えっと、今日の本はですねぇ~……あっ!」
ピコン、ピコン、ピコン……オタのスマホ通知が鳴り止まない。早くも反響があったのだろうか?
「にゃははははぁ───順調、順調。きみぃ、これ、見てみ?」
オタの投稿に、オタのクラスメイトからの『いいね』が十個もついてる。たかが十個とは思わぬことだ。すべてが見込み客なのだから。拡散されれば、その影響力は計り知れない。なにかの間違いでバズりでもすれば……おばあちゃんが、ウハウハだ。
「イケそうだね、オタ」
「イケるよ、きみぃ。ほれ、さよちゃん先輩が拡散してくれたよ。コメントに『まああ。なんて、すてきなパフェでしょう。楽しみにしていますわね』って、書いてある」
我が県立如月高校で、最も影響力を持つ人物からの拡散ですと? これで、イケない理由が見つからない───。
「オタ。スマホの通知、切った方がいいよ。それと、ピーチパフェの発売日を決めないとマズいよね。オタがいないと作れないし、桃の仕入れのこともあるから、一日十個限定とかで始めないとだよ」
「だよねぇ~」
我が校の『高嶺の花』からの拡散となれば、女子どころか男子生徒も動き出す。他校の男子もあなどれない。パッと明るく目の前が広がって、うかうかしていられない状況だ。
「どれ、どれ……」
おばあちゃんが、オタのスマホをのぞき込む。
「あれだねぇ、時代なんだねぇ。それって、TBSって言うんだろ?」
「「T・B・S?」」
おばあちゃんの言いたいことはわかってる。でも……それ違う。
「なに黙ってんだい? ふたりとも……顔が真っ赤だよ、ハルカちゃん」
笑いをこらえるオタである。けれど、そう長くは続かない。
「…………ぷっ。もう、むり。ハルカ、むり! TBSってテレビじゃん」
お腹を押さえてオタが呼吸困難に陥った。
「なに、笑ってんだい? 変な子だねぇ」
おばあちゃんのキョトンとした表情が、オタにさらなる追い打ちをかけた。
「うぉぉぉうぉぉ……」
オタがホラ貝のような声を上げている。このままでは、おじさんに迷惑だ。読書妨害も甚だしい。ボクがなんとかしなければ。
「気をしっかり持って、傷口は浅いから。深呼吸して、深呼吸だよ……ねぇ、オタ。聞こえてる?」
オタの背中をさすりながら、猫のおじさんに目をやると……ボクたちに背を向けて、おじさんの肩が揺れていた。

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