きみの読書感想文〝015 作家は作品で語るものですわ〟

小説始めました
この記事は約11分で読めます。

015 作家は作品で語るものですわ

 創作小説サイト『ノベルン』のユーザー数は、中高生を中心に二百万人に迫る勢いだ。

 そこには、天道てんどういろはのように書籍化を果たした強者もいれば、圧倒的な人気を誇る港小夜子みなとさよこのような逸材もいる。

 彼女たちと同じ土俵へ、ボクが上がる近道は───

「ねぇ~え、きみぃ。高校生部門にエントリーするんでしょ?」

 一学期最後の水曜日、オタが部室でボクに問う。

 高校生部門とは、『夏休みノベルン大賞』のことである。五万文字程度の短編小説を対象に、毎年開催されるコンテストには、中学生部門と高校生部門が用意されている。二年の豊田ひかりと本田こだまが得意とする、AI作品も参加可能だ。

 締め切りは、八月末日。結果発表は、翌月末日。最優秀賞には、五万円の図書カードと共に、書籍化への扉が開かれる。

 それは、若き日の天道いろはが通った道だ。高三で射止めた最優秀賞を足がかりに、彼女は作家としてのキャリアを積んだ。

「うん……まぁ……そのつもり」

 が……ボクの『リアリティ』には、決定打となる『なにか』が足りない。そんなボクを見かねて、有友涼平ありともりょうへいが助言をくれた。

葉山はやまさん。隣町のひまわり畑へ気分転換に行かれては? 葉山さんもご存じでしょうけれど、ひまわりの花言葉には感慨深い意味もありますし……もうすぐシーズンが終わってしまうので、お早めに行かれることをお勧めします。なんでしたら、僕がご案内しましょうか?」

 有友涼平とひまわり畑……か。せっかくだから、お弁当でも作ってあげようかな。ボクはちょっぴり乗り気になった。

「うん」

 ボクがこくりとうなずくと、オタがそれを許さない。

「きみとひまわり見に行きたーい! あっ、ゴリラは来なくていいよ、邪魔だから!」

「みんなの前で、ゴリラはダメでしょ? オタのそういうとこ、よくないよ」

「ねぇ~え、きみぃ。部活帰りに、電車で行こうよ。それと、美容室に寄ってみない?」

 うーん……そういうとこも、よくないよ。

「美容室……とは?」

「だってぇ。あいつと同じ髪型だし、背格好も似てるから……なんか嫌なの。もっとさぁ~あ、きみには似合う髪型があると思うの。そのこけし頭はどうかと思うの」

「こけ?」

 オタが言うあいつとは、二年の豊田ひかりのことである。彼女もボクと同じ長身で、同じような髪型だ。それはいい、どうでもいい。オタの発した『こけし頭』に、ボクの心が傷ついた。

「美容室は冗談だけど、きみはね、ぜったいロングだよ。髪を長く伸ばしてさ、くるりんぱとかやってみようよぉ~。うちが美容師さんをしてあげるぅ」

 オタが甘えるように言うのだけれど、ボクはひまわり畑に話題を戻す。

「だったら、オタ。有友君と三人で行こうよ? ねぇ、そうしない?」

 ボクらは同盟を結んだ間柄だ。彼を誘っても不自然じゃない。むしろその方が自然に思えた、が……。

阿川あがわさんがその調子なら、僕の出番はないようですね……では、僕は読書をば。葉山さん、失礼します」

 彼がボクに会釈する。

「せっかく誘ってくれたのに……有友君。なんか、ごめんね」

「いえ、いえ」

 そう言って、部室を出た有友涼平は、いつもの廊下でスクワット。奇行に思えた行動も、今となってはボクの日常のひとコマだ。

 部室の隅では、もうひとつの日常が───カタカタカタ……。

 港小夜子がキーボードを叩いている。ゾーンに入っているのだろう、彼女の打音が軽快だ。

「ねぇ~え、きみぃ。髪は、どうする?」

 オタがボクの返事を待っている。

「でも……ボクに長い髪が似合うかなぁ?」

「決まってんじゃん、似合うって! ゴリラの好みもロングだよ」

 オタが無邪気に笑っている。その笑顔にボクは弱い。

「髪を伸ばしたことないけど。オタが言うなら……」

「わーい!」

 諸手を挙げたオタの背後から、二年の豊田ひかりが割り込んだ。

「部活終わりに、ひまわり鑑賞?」

 これから、いつもの嫌みが始まるのだろう……憂鬱だ。

「いいわね。お花は心を癒やしてくれるもの。ところで葉山さん、遊んでいてもいいのかしら? 我が県立如月高校文芸部へ入部してから、まだ一作も書けていないんでしょ? 今年の一年生は、遊ぶことばかりでたるんでいるわね」

 それは、豊田ひかりの言うとおり。反論できる余地がない。

「……豊田先輩、すみません」

 ボクが深く頭を下げると、

「そうよねぇ。ワタシたちはね、一年で十作品も書いたのよ。今年の『夏休みノベルン大賞』は、どうするのかしらねぇ~。エントリーくらいは終わってる?」

 本田こだまがねちっこく、痛いところを突いてくる。

 豊田ひかりと本田こだま。ふたりは、AIを駆使して小説を書いている。その執筆速度は爆速で、港小夜子からの評価も高い。

 その世界観は壮大で、ノベルンでの人気も高い。実績があるだけに、ボクは無言でうつむくだけだ。

 そう、ボクに返せる言葉はなにもない。

「きみは、『夏休みノベルン大賞』にエントリーしますけど、なにか?」

 オタがふたりに噛みついた。

「だから、なに? エントリーするのは、阿川さんじゃないわよね? だって、そうでしょ? 阿川さんには、書けないんだもの」

 豊田ひかりが鼻で笑う。

「はぁ?」

 それは、先輩に対して挑発的な『はぁ?』である。

 とっさに廊下へ視線を移すと、「これ以上関わるな!」と言わんばかりに、有友涼平が小さく首を振っている。が……頭に血が上ったオタに、そのサインが届かない。

「阿川さんは、葉山さんの作品が神作とでも言いたげね? 昔から言うでしょ? 『出さぬ神作より出す駄作』ってね。あ、葉山さんの場合は、出せない駄作なのかもしれないわね」

 オタの挑発を、豊田ひかりが受けて立つ、

「ふふふふふ……」

 本田こだまがほくそ笑む。触らぬ神に祟りなし。ボクの語彙力では太刀打ちできない。それでもオタは諦めない。

「きみは悩んで苦しんで、新しい小説を書いています。だから……」

「「だ・か・ら?」」

「先輩たち。きみをそっとしてくれませんか?」

 そう言うと、オタがペコリと頭を下げた。固く閉じた、小さな拳が震えている。

「そうじゃないの? 私たちは、そんな回答を求めていないの。だから? なに?」

 一歩も引かない、豊田ひかり。

「葉山さんに実力がないことを、阿川さんも認めれば?」

 一歩踏み込む、本田こだま。

 ボクは挑発に耐えていた。でも、オタの堪忍袋は限界を超えていた。

「速く書けるってことが正義なんですか?」

「なにか勘違いをしているのね、阿川さん。高校生活は三年しかないのよ。受験を考えれば、二年とちょっと。その期間に、どれだけの作品を残せるというの? こんなペースで大丈夫なの?」

 ボクの心臓に、豊田ひかりのド正論が突き刺さる。

 この騒ぎに他の部員たちは退室し、入れ替わるように有友涼平が入室した。

───カタカタカタ。

 この騒ぎの中でも、港小夜子は動じない。リズミカルにキーを打つ。この場を静める気などないように。

「あのね、阿川さん。小説なんて世に出さなければ、ノートの落書きと同じなのよ。それができないから、先輩として指導をしているの。当然のことをしたまでよ。小説をなめないで。そうよね、葉山さん?」

 小説をなめないで───それがオタの地雷を踏んだ。

「きみのことを悪く言うな!」

「「怒ったの?」」

 ひかりとこだまが、声を合わす。もはや、いじめだ。それでもオタは、屈しない。

「自動車だか新幹線だか知らないけど、面白いだけで、だれの心も動かせない物語よりも……空乃カナタは、ずっと、ずっと、すごいんだ!」

「「だ・か・ら?」」

 ふたりが、オタをからかった。

「うちの先生には───」

 オタがボクを『先生』と呼んだ。そんなことは初めてだった。それに、有友涼平の口角が上がる。オタに先生と呼ばれて、戸惑うボクを笑ったの?

「へぇ~、聞いた? こだま。阿川さんは葉山さんの担当者気取りなのね。お気楽ねぇ~」

 豊田ひかりが、追従の手を緩めない。

「ワタシにも担当者さんがほしいわぁ。いなくても、書けるけど。阿川さんよりAIの方が的確だもの。つまり、あなたはAI以下ってことなのよ」

 本田こだまがトドメに入る。

「違うもん!」

 オタの顔が真っ赤になって、大きな瞳が涙でうるんだ。

「空乃カナタには『リアリティ』があるんだ! AIなんかに負けないもん! 各駅停車は、黙ってて!」

「各駅停車ですって!」

「だって、こだまは各駅停車だもん!」

「なにこの子、ムカつくわね!」

 本田こだまが声を荒げると、一瞬だけ、港小夜子の指が止まり、なにごともなかったように再始動。

「きみの『リアリティ』は、輪廻転───」

「ハルカ、黙れっ!」

 有友涼平が、鋭い視線でオタを睨んだ。

 未発表のアイディアは、国家機密レベルの極秘情報だ。彼の一喝で、オタは事態を把握した。青ざめた顔が、大粒の涙で崩れてゆく……。

「あ…………う、うち…………きみ、ごめん!」

 両手で顔を塞いで、オタが部室から飛び出した。

「待って、オタ!」

 オタはなにも悪くない。ボクを守ろうとしただけだ。オタの背中を追うボクを、有友涼平が引き留める。

「葉山さん。阿川さんは、僕に任せてください。それよりも部室に残って、ご自身を貫いて。後で必ずご連絡しますから」

「でも……有友君、足は?」

 中学野球で負傷した、彼の足が気がかりだ。

「大丈夫です。無理しなくても、僕は阿川さんより速いです。お気持ち、ありがとうございます」

 そう言い残すと、有友涼平はオタを追って駆け出した。

「もう、最近の若い子は。これだから嫌になっちゃう。自覚が足りないのよね、自覚がっ」

 大きなため息をつく豊田ひかり。

「知ってる? ひかり。阿川さんって、お昼休憩になると購買に向かって走っているのよ。真剣な顔で毎日よ。食いしん坊にもほどがあるわ。そのエネルギーの半分でいいから、部活動に費やしてもらえないかしら」

 自分のことなら我慢もできる。でも、オタの悪口だけは許せない。

「豊田先輩、本田先輩。それは大きな誤解です。オタが購買へ走る理由は……」

 ボクの声に、港小夜子の打音がピタリと消えた。

「まああ。面白いことになりそうですわぁ~。わたくしにもお聞かせ願えませんこと?」

 港小夜子が、冷たい笑みを浮かべて席を立つ。

「これは、私たちと葉山さんとの問題よ。港さんがしゃしゃり出る幕ではないわ。あなたは新作でも書いてなさいよ、次期部長さまの手はいらないわ!」

 声を荒げる豊田ひかりに、港小夜子が語りかける。その冷めた口調に、ボクは恐怖で息を飲む。

「ああら。葉山さんは、わたくしのお気に入りですのよ。部員の成長過程を知ることも、次期部長としてのお役目ですわ。葉山さんの成長は、わたくしのみならず、天道いろはの楽しみでもありましてよ。それとも、わたくしがここにいることで、豊田さん、本田さん。なにか不都合でもおありなのかしら?」

 港小夜子が放つ冷たいオーラに、だれもが口を挟めない。なにかを確認するかのように、ひとりひとりと目を合わせ、自信に満ちた声で言う。

「わたくしのエントリー作品の題名は、『スペア』ですのよ」

「「「!!!」」」

 軽々しくも自らの口で、港小夜子はそれを言うのか?

「それはもう、希望で始まり絶望で終わる物語ですわ。よろしければ、この場で原稿にお目を通されて? きっと、お気に召しますわ。わたくしの原稿を元に、AIに書いてもらうのも一興ですわね。エントリー可能なのは、ひと作品だけですもの。豊田さん、本田さん。今までのような、乱れ打ちは通用しませんことよ、うふふふふ」

「「!!!」」

 港小夜子が格の違いを見せつける。彼女が放つ氷の微笑に、部室の空気までもが凍てついた。いいぞ、いいぞ、オタの敵だ! ボクは心の中でつぶやいた。

「それを『甘やかす』って言うのよ。獅子は我が子を千尋の谷に落とすのよ」

 本田こだまが反論を企てる。

「作家は作品で語るものですわ。大きな猫ちゃんとは違いましてよ。そして、もうひとつ。わたくしが尊敬する担当者は、作家に寄り添い尽くしましたの。その命が尽きるまで」

「……くっ」

 港小夜子の眼光の鋭さに、豊田ひかりが萎縮した。

「そして今。担当者の想いを胸に、粛々と刃を研ぐ作家がいますのよ。わたくし、彼の次作が楽しみですの。そう思いませんこと? 葉山さん」

 え、ボク?

「えぇ、まぁ……」

 ボクの返事は曖昧だった。でもきっと、これは港小夜子の創作だ。

 昭和や平成ならいざ知らず。耐力をなくした出版業界に、担当者が作家を育てる余裕なんてどこにもない。それくらいなら、高校生のボクにもわかる。理想と現実とは違うのだ。

 ボクの気持ちを察しても、港小夜子は止まらない。豊田ひかりの喉元に押し当てた、言葉の刃がゆるりと動く。

「担当者を『お気楽』と称した豊田さんには、ほとほと失望しましたわ。お気楽なのは、あなたの方ではないかしら? ほほほほほ……」

 唇に細い指をあてがって、港小夜子が声高らかに笑っている。こんなに楽しそうな彼女を見るのは初めてだ。これを、王者の貫禄と呼ぶのだろう。

 さよちゃん先輩がいれば心強い。ボクはすべてを彼女に委ねた。

「そうですわねぇ……それでは、こうしましょう。今回の『ノベルン大賞』で、葉山さんが入選したら他言無用……で、どうかしら? わたくしとしては、ベストコンディションの空乃カナタを読みたいですわ。わたくしの言っている意味、おわかりかしら?」

 なにを言ってるの? 港小夜子。

「わかってるわよ、そんなこと」

 大きくうなずく、豊田ひかり。てか……どうして、ボク抜きで話を進めるの?

「それでこそ、豊田さんですわ。あなた方の作品にも、期待を寄せていますのよ。ほほほほほ……」

「「当然よ!」」

 いや……いや、いや、いや、いや。こんな重大なこと、なんで二年生だけで盛り上がってんの?

 そっか、ここから港小夜子の本番なんだ。サイコパス・クイーンが、このままで終わるはずがない。

「では、これでお開きにしましょうね」

「え? さよちゃん……先輩?」

 お開かないで……。

 ボクはさよちゃん先輩の顔を凝視した。なぜだろう? 彼女の美しさが増している。興奮しているかのように、肌つやがキラキラだ。

「では、ごきげんよう」

 さよちゃん先輩、行かないでぇ~。

 いつもそう、いつだってそう。心の声は届かない。席に戻った港小夜子が、執筆を再開した。さっきより、指の動きに軽やかさが増している。

「じゃ、葉山さん。そういうことで」

 ボクの肩をポンっと叩いて、豊田ひかりが退室した。その後ろを本田こだまがついてゆく。

「───え?」

 ちょっと待って! いろんな意味で。

 ひと言も発せぬままに、ボクの逃げ道が塞がれた。これからボクはどうしよう……部室を飛び出した、オタのことも気になるし。

 オタのスマホを鳴らすと、「おかけになった電話番号は……」電源が切れている。

 オタ、オタ、オタ!

 急に心細くなったボクは、いてもたってもいられない。慌てて帰り支度をするボクに、港小夜子が手招きをする。

「こちらへいらっしゃい、葉山さん」

「あ、はい……」

 ボクが港小夜子の前に立つと、彼女が穏やかな声でこう言った。

「わたくしがエントリーのお手伝いをしてさしあげますわ、うふふふふ」

 そのとき、ボクは確信した。この人、ぜったいサイコパスだと。

コメント