018 雨の花
有友涼平との接し方がわからない。彼にやさしくされれば、されるほど……ボクは素直になれなくて、天邪鬼になってしまう。
「笑ってたら、いいんじゃない?」
そう、オタは言うのだけれど、なんだか媚びているようで、躊躇してしまうのだ。
だって、そうでしょ? オタの笑顔は天使だけれど、ボクの笑顔は……だもの───。
てか!
青葉台公園の入り口で、ボクは呆然と立ちつくす。
ボクの憩いの公園が、ボクのパワースポットが、クリスマスでもないのに、カップルで埋め尽くされているのだが? これじゃ、小説が書けないじゃん。
しょうがない……場所を変えよう。
踵を返そうとするボクに向かって、カップルたちが歩いてくる。その異様な光景は、ゾンビ映画さながらだ。なにこれ、ドッキリ? でもなさそうだ。ボクの横を通り過ぎる、人々の会話が教えてくれた。
あ、そっか……。
今日は近くの会館で、人気ミュージシャンのコンサートがあるとかないとか。この公園が、多くの人の待ち合わせ場所になったのだろう。人波の邪魔にならぬよう、ボクは入り口の端っこに身を寄せた。
人波とはよく言ったもので、人が波のように押し寄せてくる。人並みに彼氏がいれば、ボクもこの中にいたのだろうか……デートなんて、したことないけど。
そんなことを考えていると、あれよあれよという間に人影がなくなって、蝉の声が大きくなった。これだよ、これ。青葉台公園は、こうでなくっちゃ。
意気揚々と噴水の縁に腰を下ろして、ボクは途方に暮れていた。豊田ひかりのメモの中に、一匹の魔物がいたからだ。
乏しいスキルと貧しい語彙力。小説のていすら成してはいない。なのに、自由奔放な文体に、先を読まずにはいられない。
そして最終話が、物語のすべてをひっくり返す。最終話のひと言が、輪廻転生を成立させていた。させてしまったと言うべきか?
豊田ひかりのメモを、有友涼平がまとめてくれた。それを、オタとふたりで読んでいると、オタが魔物の手に落ちていた。
「…………」
オタの沈黙が、幾星霜にも感じられた。その沈黙が、ボクの不安を煽っていた。それが、ボクの『リアリティ』に足りないからだ。
「ねぇ~え、きみぃ……」
溶けかけのソフトクリームみたいな笑みを浮かべてオタが言う。
「なんか、ずるいなぁ~……好きだけど」
オタの発したひと言と、オタの長い沈黙が、深くボクの記憶に刻まれた。そして気づく。
感動とは沈黙なのだと───。
その光景を思うたび、それがボクの心を迷わせた。得体の知れぬ感情が、ボクの筆を惑わせる。頭の中で、ボクの『リアリティ』は完結済みだ。でも、このまま妥協してよいのかと───。
!
頬に触れた冷たさに、ボクは手のひらで雨を受け止める。
ほんと……ずるいよ……。
夏の雨は気まぐれだ。
厚い雲が広がって、徐々に雨脚が強くなる。天を仰いでまぶたを閉じて、雨音に耳を傾けた。
その可能性は限りなくゼロに近いのだけれど、もしも、ボクの仮説が正しければ……。
そう……あの余韻は『五月の雨』の、祈るような切なさだ。どちらにも、言いようのない切なさが残るのだ。
仮に作者が、『五月の雨』に影響を受けたとすれば、あのラストーシーンにもうなずける。
そっか、そうかもしれない。ようやく糸口が見えてきた。ボクは目を閉じたまま、ほくそ笑む。
だれ?
人の気配を肌で感じた。不思議なことに、ボクの第六感が気配の主を特定してた。ぶっきらぼうにボクは問う。
「有友くーん、なにやってんの?」
すると、なにかが雨を遮った。
「傘をさして立っています」
まぶたを開くと、傘の中にボクはいた。そんなことは、わかっているのよ。ボクが問うたのは、それじゃない。
「ふーん……」
雨に打たれながらニヤついてるボクを見て、彼はなにを思っただろう。キモいヤツだと思うだろうか?
それを思えば恥ずかしくて、塩対応にもなってしまう。秘め事を見られたボクが、笑っていられるわけがない。
「阿川さんから連絡がありました。今日も青葉台公園にいるはずだから、雨から先生を守ってほしいと。それと伝言が、『バイトはうちに任せてね』だそうです」
オタったらぁ~。なんでもボクのことならお見通し? もう、好き、好きぃ~。
でも彼の手前、ボクは笑みを噛み殺し、平静を装った。
「有友君が、なんでそこまでしてくれるの? 夏休みでしょ? 友だちと遊べば? ボクなんかといると、変な噂が立っちゃうよ」
またボクは、心にもないことを口走る。
「それは、ショックですね……」
彼の声が小さくなった。怒らせちゃった? かもしれない……。傘に当たる雨音が、激しさを増している。
「ショックって?」
ボクは平静を崩さない。
「同盟を結んだ日から、僕は葉山さんの担当者のつもりでいましたから……」
まただ……ボクの心臓がコトンと揺れた。彼を見上げて、返す言葉をボクは探す。
───そんなときは、ありがとう……で、いいんじゃない?
オタなら、そう言うのに違いない。でも、これまで献身的に接してくれた、有友涼平に対して『ありがとう』だけでは物足りない……小説を書く身としても。
作家は作品で語るものだと、港小夜子が言っていた。
ならば、せめて一行だけでも書くべきだ。
ボクがポシェットからスマホを取り出すと、有友涼平がクスリと笑った。
聞こえないふりをして、ボクは言う。
「さてと、スマホが濡れちゃう心配もなさそうだし……」
やれるだけ、やりますか。
意を決してスマホを開くと、彼の傘がわずかに動いた……彼を見上げてボクは問う。
「少し帰りが遅くなるかもよ、いいの? 有友涼平君」
なんて可愛げのない女だろう。自分で自分が嫌になる。
「望むところですよ、空乃カナタ先生」
そろそろ雨が上がるのだろう。西の空が明るくなった。夏の雨は意地悪だ。
「……ありがとう。それと、ボクにはタメ口でいいからね。何度も言わせないでよ、もう……」
「…………」
彼は、淡く微笑むだけだった。
噴水の水面に、雨の花が咲いている。もう少しだけ……このままで。心の奥の片隅で、ボクは雨が上がるのを拒んでいた。

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