きみの読書感想文〝023 どこで改造したの?〟

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023 どこで改造したの?

 結局、工藤くどうさんは午後からも別行動をとっていた。カオルちゃんの話では、この炎天下の中でゴンドラに乗って外壁タイルを洗っているらしい。

貴美子きみこちゃん、今日はここまで。明日もよろしくね」

「こちらこそです」

「悪いけど、片づけだけ手伝ってね」

「はい!」

 カオルちゃんと美装道具を片づけて、ボクは駅ビルで買い物をした。

 タイムセールで牛肉が安かった。いつもは豚肉だけど、思い切って奮発した。じゃがいも、たまねぎ、にんじん……今朝、野菜類はキッチンにあった。念のために、カレールーも買って帰ろう……ん、いつの間に? カレールーが値上がりしていた。

 結局のところ、お母ちゃんからもらった千円はカレーの材料に溶けてしまった。でも、ボクの気分は爽快だ。

 レジ袋を手に提げて、オタの待つひまわりへ。約束の四時半には遅れたけれど、土産話が山ほどある。

「オタぁ、お待たせぇ~」

 ひまりの扉を開いた途端、エアコンの風がボクの体を抱きしめた。その涼風すずかぜをオタの声が追いかける。

「遅いよぉ、きみぃ~」

 待ちくたびれたような、オタの声。

 うつろな目でボクを見るなり、

「あ」

 オタがポカンと口を開けている。開けたままで動かない。

「違うの、これは違うの。いっしょに仕事をしていた人が……って。オタ、聞いてる?」

 そんなに見つめられると、恥ずかしい。

 またなにかに気づいたのだろうか? オタが厨房に向かって声を上げた。

琴音ことねちゃーん。何者かの手によって、きみが改造されてるしぃ!」

 な、な、な───!

「あれ、貴美子かい? 孫にも衣装っていうけど……こりゃ、うまく化けたもんだね」

 厨房から出てきたおばあちゃんが、ボクを舐めるように眺めている。

「おばあちゃん。それ、どういう意味よ?」

 ほっぺを膨らますボクに、オタが距離を詰めてきた。スマホに指が踊っている。

「それ、なにやってんの?」

 嫌な予感しかないのだが?

「決まってるじゃない。きみが、キレイなお姉さんになったのよぉ!」

 あ、ありがとう……。

「これをゴリラに伝えなきゃ!」

 それはやめて!

 疾風のような素早さで、オタの腕をつかむボク。

「お願いだから、有友ありとも君だけには黙ってて」

 なりふり構わず、ボクはオタに嘆願していた。

「はっはーん。貴美子さん、うちは気づいてしまいましたよ」

 オタが意味深な笑みを浮かべている。その笑顔が悪魔のようだ……いや、悪魔そのものだ。

「なにをでしょうか? ハルカさん」

 恐る恐る、オタに問う。

「それ、花火大会でゴリラにお披露目するつもりでしょ? 浴衣なんか着ちゃってさ。もう、どうだろう? せっかくだから、ゴリラと結婚しちゃったら?」

 顔から火が出るとはこのことか? オタの腕にしがみついて、なおも懇願を続けるボクである。

「後生ですから……ハルカさまぁ~」

 それに、大きなため息をつくハルカさま。その背後で、「それは、めでたいねぇ」と、ゲラゲラと笑うおばあちゃん。もう……最悪だ。

 髪型ひとつでこうなるなんて。もう…………いいよ。

 髪留めに手を当てるボクを見上げて、オタがやさしくこう言った。

「もう、冗談よ。うちはきみの味方だもん。でも、そのくるりんぱ。だれにしてもらったの?」

 ありがたや……オタに後光がさしている。悪魔だなんて思ってごめんね。

「カオルちゃん……です。カオルちゃんは、今日一日。共に作業した美人さんです。よろしければ、ご紹介してさしあげましょうか?」

 チベットスナギツネのような顔で、オタがしばらく考えている。その顔をされると、なにを考えているのかわからない。

「ねぇ~え、きみぃ。なんで敬語で話してんの? 会ってもいいけど」

「少々、お待ちくださいませ」

 その場で連絡を取ると、カオルちゃんから「今からファミレスに来ない?」と誘われた。

 かくかくしかじか……。

「琴音ちゃん、一時間休憩するね」

 オタは、今日も一日がんばったのだ。一時間抜けたからと言って、おばあちゃんは咎めない。てか、店は暇そうだ。

「あいよぉ~。貴美子も晩ご飯食べて帰るかい?」

 ありがとう、無理だけど。

「今日は、お母ちゃんにカレーを作るから。ファミレスから家に帰るよ。荷物になるから、服は明日まで預かって」

「わかったよ、いってらっしゃい」

「「はーい」」

 ボクとオタが店を出ると、工藤さんと鉢合わせた。

「工藤さん、今日はありがとうございました」

 ボクが挨拶をすると、工藤さんの目が大きくなった。

「その髪、カオルの仕事? いつ見ても大したもんだ」

「ええ、お昼休憩の時間にしてもらいました」

 ボクの髪に工藤さんが反応してくれた。オタは別のことに反応している。

「え、なに? どういうこと? 猫のおじさん、工藤っていうの?」

 呼び捨てはないでしょ? オタのそういうとこ、よくないよ。

「ねぇ~え、ねぇ~え。工藤っていうの?」

 なんで二度訊く?

「ね、ね、ね───下の名前は?」

 子犬のようにじゃれるオタに、困り顔の工藤さん。それはいつものことだけれど、これがオタの誤解を引き起こす。

「工藤さんのお邪魔になるから。それはファミレスで話そうよ。ほら、行くよ」

 ボクはオタの背中に手を回す。

「でも……ねぇ~え、猫のおじさん。これからは、工藤ちゃんで……い?」

 琴音ちゃん、カスミちゃん、みどりさん……必ず本人の了承を得てから、オタは名前を呼んでいる。

 オタにとって、猫のおじさんから工藤ちゃんへの改名は、それだけ大切なことなのだろう。ゴリラは未承認だろうけれど……お気の毒。

「構わんよ」

 そう言い残して、工藤さんは店に入った。

 その背中にオタが小さく手を振っている。オタの小さな微笑みに、もしかして? そんな疑念を抱いてしまう。でも……もしかして、なの?

「オタ。待たせると悪いから早く行こうよ。カオルちゃんは、スーパーモデルみたいな美人さんだよ」

「ほぇ~! 早く会いたいよ。走るよ」

「え?」

 忘れてた、オタは走るのが好きな子だった。

 ボクらは、駅ビルに向かって駆け出した。カオルちゃんと会ったら、オタはどんな顔をするのだろう。それが楽しみでたまらない。

 ファミレスに入った途端、カオルちゃんの顔がボクの目に飛び込んだ。

「あ、カオルちゃん」

 奥の席に座ったカオルちゃんが、ボクに手を振っている。

「うわ、超絶じゃん!」

 オタの声にボクは思った。あのレベルになると、探す必要すらないのだと。

「カオルちゃん、この子が阿川春花あがわはるか。ボクの親友です」

 にこりと会釈するカオルちゃん。

「オタ、こちらが工藤薫くどうかおるさん。今日一日お世話になったの」

「くどう……さん?」

 オタがコトンと首を傾けた。なんだか目元がうるんでいる。また……なにかに気づいちゃったの?

「もしかしてカオルちゃんは、工藤ちゃんのお嫁さん? 猫のおじさんに、こんなにきれいな奥さんがいたの?」

 そう来たか。

 ダメだ……ウケる。

 それはカオルちゃんも同じのようで、うつむいて肩を揺らしている。それが、泣いているようにも見えなくもない。

「ねぇ~え、きみぃ。この人、工藤ちゃんの奥さんなの?」

 ボクを見上げるオタの顔が、またもやチベットスナギツネになっていた。思考を読み取れぬ無の顔だ。

 うつむいたままのカオルちゃんが、こってりとした声でオタに言う。

「男同士じゃ、結婚は無理だろうなぁ」

 その瞬間、オタの顔に精気が戻る。

「カオルちゃんは、男なの?」

「そうだよ」

「おじゃましまーす」

 オタがカオルちゃんの隣にちょこんと座る。そして、とんでもないことを口走る。

「どこで改造したの?」

 よりにもよって、それを訊く? カオルちゃんの地雷だったら、どうするの? 前から何度も言ってるけれど、オタのそいうとこ、よくないよ。

 ボクはハラハラドキドキだ。

「天然ものさ」

 眉ひとつ動かさず、平然と答えるカオルちゃん。そのひと言だけでも、常人にはたどり着けない領域だ。

 普通の人なら絶対、怒る。

「ハルカちゃんは、工藤ちゃんが好きなのかい?」

「…………」

 もはや、ぶっちゃけ恋愛トークの様相だけれど、オタはそれには答えない。いつも陽気なオタの沈黙が、ボクを不安な気持ちにさせている。

「オタ……大丈夫?」

「大丈夫だよ。でも……ねぇ~え、カオルちゃん。工藤ちゃんとお友だち? 工藤ちゃん、好き?」

 オタの意図がわからない。オタにしては、真面目な顔で訊いている。

「俺はあいつの従兄弟いとこだからね。それに俺、こんなだろ? なにかと俺を守ってくれた工藤ちゃんを、嫌いなわけないだろ?」

「なんで、工藤ちゃんなの? 従兄弟でしょ?」

 ボクもそれは思っていた。

「あいつはさ、リンって響きが女の子みたいだってね。ガキのころから下の名前で呼ばれるのが嫌いなんだよ。俺の知る限り、あいつを下の名前で呼べるのはひとりだけだね」

 なるほど……そういうことか。

「秘密……守れる?」

「もちろんだとも」

「ひとつ、訊いて……い?」

「なんなりと」

 オタがスマホを取り出すと、一枚の画像を表示した。

「ねぇ~え、カオルちゃん。この人、知ってる?」

「すごい美人ちゃんだね」

 困惑しているカオルちゃんに、意を決したようにオタが言う。

「うちには、見えちゃいけないものが見えてるの……きみに嫌われたくなくて……気持ち悪いと思われたくなくて……ずっと黙っていたの。うち……は…………嘘つきな親友なの……」

 オタの声が震えている。

 オタ、オタ、オタ……ボクが動くより先に、カオルちゃんが鋭い視線で合図した、動くなと。

「でもどうして、初対面の俺なんかに?」

 混乱するボクと違って、カオルちゃんは冷静だった。こってりとした声にも変化はない。

「でも、この子もうちの友だちなの。カオルちゃんなら、なにか知ってるかなと思って。いつかは、きみにもバレちゃうことだし……」

 オタの瞳がうるんでいる。ボクはオタの肩に手を当てた。小さな肩が震えている。

「オタ、知ってたよ。ボクはオタを嫌いになんてならないよ。ずっと待ってた……言ってくれて、ありがとう」

 オタの目から涙がこぼれた。

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