後ろの席の飛川さん〝039 赤ずきんと腕相撲〟

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 もしも、赤ずきんに姉がいたならば、どんな姿をしているだろう。誰しもが、白雪姫やシンデレラのような、美しい女性をイメージするのではなかろうか?

 八月十三日午後三時。

 飛川さんに指示された、高松市民体育館の前で、ボクは赤ずきんの姉を見た。

 広瀬さんだった。

 放課後クラブの赤いパーカー。それに身を包んだ広瀬さんが、真夏の日差しを遮るように、頭からフードをすっぽりと被っている。その隣に、飛川ひかわさんの姿がないのだけれど、彼女は高松まつりを楽しむかのように、半笑いでリンゴ飴を舐めていた。

 そんな彼女の周りだけが、別の光を放っている……。またボクは、何かに巻き込まれるのではなかろうか? 彼女の半笑いに、一抹の不安を覚えたボクである。

 それはそうと、お祭り会場から大きく外れたこの場所に、出店なんてないのだが……そのリンゴ飴。広瀬さんは、どこから入手したのだろうか?

 右手に持ったリンゴ飴を舐めながら、左手に持つ二本の飴は、飛川さんとボクのだろうか? わずかな期待を寄せるボクである。

「待っててくれたの? 広瀬さん」

 ボクの問いに、彼女の顔から半笑いが刹那に消えて

「そ」

 いつもの無表情で答える広瀬さん。待つことはあろうとも、待たれることなき身としては、それがうれしいボクである。

「食べる?」

 そう言うと、広瀬さんが右手に持ったリンゴ飴を差し出した。いや……それは、キミが舐めていた飴じゃないか? 即座に問うボクである。

「左手のリンゴ飴は?」

 背中にリンゴ飴を隠す広瀬さん。

「これは、新しいリンゴ飴だから。こっちのは、飴がなくなったから」

 飴がなくなったリンゴ飴だから、そっちをボクにくれるとでも? そんなの間接キッスになるじゃないか。飴だけでは飽き足らず、ボクの純心までもを舐める気か? こいつなら、やりかねない。

「結構です!」

 断固拒否するボクの前に、見知らぬ男たちが現れた。リーダー格の男が、三人の仲間を引き連れている。すでにボクは、何かに巻き込まれているような……

「うわぁ、可愛いねぇ~!」

 俺ってすごいやろ系の男が、広瀬さんに話しかけた。きっと、こいつがリーダーだ。

 これが噂のナンパというやつか? いつもそう、いつだってそう。いじめっ子を呼び寄せるのが、ボクが生まれ持った属性だ。

「そ」

 平然と男に答える広瀬さん。可愛いねと言われたら、否定するのが普通じゃねーの?

「こんな奴なんてほっといて、俺たちと一緒に遊ぼうよ」

 男は、ボクのことなど気にも留めない。

「や」

 広瀬さんが、じとっとした目で拒否をする。すると、金髪の男がボクの肩に手を回した。ボクにグッと顔を近づけて、凄んだようにボクに言う。

「この子を置いて、お家に帰んな。後は、俺たちが楽しませてあげっからよ」

 ち、近い……タバコ臭い。ボクのパーソナルスペースは広いのだ。男の腕の汗が、ボクの首にまとわりついて、怖いよりも気持ち悪さが先に来た。とはいえ、次はどうする? この一手。

 四人の男に囲まれているのに、考える余裕がボクにはあった。ここが人気ひとけのない路地裏ではなく、公衆の面前なのが大きいのだろう。この状況で、ボクに手を出すアホなどいない。

 金髪の男がボクを睨みつけ、ボクは男から視線を逸らす。そうこうしていると、ボクの周りが日陰になって、身に覚えのある声がした。

「忍っち。美人ってのは、バカホイホイかい?」

 そう言って、ボクの肩に回った男の腕を、巨大な手のひらが引き剥がす……声に向かって見上げると、尾辻さんの顔があった。楽しげに薄ら笑いを浮かべている。尾辻さん、今日もお元気そうで何よりです。

「チッ!」

 何やってんの広瀬さん。今、舌打ちしたよね? 不貞腐ふてくされたような瞳で、尾辻さんを見つめている。

 尾辻さんが、諭すように四人に告げる。それは明らかに、尾辻さんからの忠告だ。

「こう見えて……この子、すんげー強いのよ。さしずめ赤ずきんを被ったオオカミなのよ。ほら、ファスナーの金具に指をかけているだろ? あれが開くと、とんでもないことになるんだぞ」

「どうなるんだよ!」

 リーダー格の男が吠えた。

「変身するぞ。なぁ、黄瀬君」

 どうして、ボクに振るのかな? 尾辻さんの目が、ボクに追従しろと合図する。これは正当防衛だ、嘘であろうと仕方ない……。

「たぶんだけど、彼女は腰にベルトを巻いています。そのベルトが発動すると、彼女は赤い悪魔に変身するのです。一度だけボクは目撃しました。その後に、恐ろしい光景が広がりました……それは、しかばねの山でした。彼女は女の子ですから、正当防衛は誰の目から見ても明らかです。それを逆手に取って、彼女は獲物を探しています。その子は赤ずきんなんかじゃなくて、オオカミそのものなんですよ……」

 バレない嘘は、ほぼ真実。ボクは、見てきたように嘘をつく。男たちは、腹を抱えて笑っている。笑いたければ笑えばいいさ。そのうち、尾辻さんがこの場を収めてくれるだろう。

「オッツー、これ」

 このピリピリとした緊張感の中で、広瀬さんはリンゴ飴を食べてしまったようだ。尾辻さんに無傷のリンゴ飴を差し出した。

「ありがとな」

 リンゴ飴はひと口で、ボクの前から姿を消した。ジャリジャリと飴の砕ける音が、尾辻さんの大きな口の中で響いている。薄ら笑みはそのままに……。

 ざわざわ……

 そうこうしているうちに、ボクらの周りに人だかりができ、四人の男たちは気まずそうに、この場から立ち去った。

 たぶんだけれど、人だかりの中にいた、謎のマッチョ軍団の影響が大きいようだ。彼らのシャツの胸元に「RAIDEN」の文字が刻まれている。にしても……その体格たるや、尾辻さんの上をゆく。

 彼らのボディに圧倒されるボクの隣で、逃がした魚でも見るかのように、ぼんやりと、四人の男の背中を追う広瀬さん。最後のリンゴ飴を舐めながら、不完全燃焼って顔つきだ。

「黄瀬君。しばらく見ないうちに立派になったな」

 そう言って、尾辻さんがボクの頭をやさしく叩いた。そして、機敏に回れ右。

やなぎ先生、お待たせしました!」

 ピシっと敬礼をする尾辻さん。その視線の先には、手に杖を持った和服の老人が立っている。その風貌は、明らかにボクのおじいちゃんよりも年上だ。その上、華奢きゃしゃで小柄であった。

「今時の若いもんは、つまらんのぉ。そこのお嬢ちゃんは、わしと同業のようじゃがな……」

 そう言って笑う、老人の顔はシワくちゃだ。その笑顔に、ボクは妙な親近感を覚えていた。

「じゃ、会場で」

 そう言い残すと、尾辻さんは老人の後ろについて、体育館の中へと姿を消した。さて、さて……ボクはここへ何をしに来たのだろうか? もはや花火の線は消えている。

「広瀬さん、ボクらはどこへ行くのかな?」

 リンゴ飴を食べ終えた広瀬さんが、ポシェットから缶コーラを取り出した。ボクは黙って見ているけれど、明らかに糖分の取り過ぎだ。コーラーをひと口飲んで、ゲップを出して、広瀬さんがボクに言う。

「腕相撲」

 桃畑で流れたラジオの音声。高松まつりアームレスリングの参加募集の呼びかけが、ボクの脳内で再生された。まさか、出るの? 誰がだよ? そんなことより「当日受付大歓迎!」とか、アナウンサーが言ってたぞ。こんなの付き合ってられないよ。

「お疲れさまでした。ボクは邂逅かいこうへ戻ります」

 立ち去ろうとするボクを、広瀬さんが呼び止めた。

「出るのは月読つくよ、大丈夫」

 それはそれで……心配だ。

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