ブログ10年目の節目に思うこと

雑談
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 どこかの誰かに楽しんでもらえたら、それで御の字───

 2016年2月22日。猫の日に産声をあげた『キジとら』は、今年で10年目の節目を迎えた。それはとても有難いことであり、読者のみなさまには感謝しかありません。いつも、ありがとうございます(笑)

 愛猫サヨリの力を借りて順風満帆に思えたすべり出しも、開設した途端に熊本地震。翌月には捨て猫騒動と……もうね。神さま、試してない? これって、試練? そんな怒濤の半年を経て、ようやく通常運転になってふと思う───このブログ、読んでる人って……いる?

 ビッグキーワードを絡めた、トレンド手法を捨てるとあれだ……アクセスなんて伸びやしない。鳴かず飛ばすどころか、閑古鳥が泣きわめく……ある意味、ド田舎の小規模過疎店さながらで「そこに意味はあるんか?」そんなことを思いながらも、ドンマイ、ドンマイ。まずは1000記事書いてから。そんな日々の連続なのに、それをどこかで楽しんでいるのだから、僕も相当な変態さんだ(汗)

 それでもようやっとカタチになって、徐々にアクセスが伸びてきて、「よし! これから」って時に、忌まわしいコロナだよ。それに乗じてか知らないけれど、あからさまにグーグルが個人ブログを見放して、『ブログはオワコン』が現実味を帯びてくる。精も根も尽き果てた、もはやこれまで……そんなブログに光を当ててくれたのが友人だった。2022年、苦節6年目の出来事だった。

 ひとりだけでも読んでくれる人がいれば……それは、読まれぬブロガーの常套句。ドッカンドッカンと読まれるブロガーへの負け惜しみ。アクセスは多い方がいいのに決まってる。けれども、友人だけは特別だった。そして、今でも特別だ。

 だから先行き見えぬコロナ禍で、友人が喜びそうな記事を書いた。畑の話題もそうである。ブログ10年の歴史の中で『ブロガーとは?』その答えを教えてくれたのも友人で、僕のブログに中身をくれた。

 もうすぐ終わってしまうけれど、今日は友人の特別な日。ゆっくり当時の記事を読み返す。ブログは公の場であるのだから、すべてを書き記すことは難しい。割愛に割愛を重ねた記事なのに、思うところが多々あった。ブログを書き続けて良かったと思った。

 大きく話は変わるのだけれど、先週、とあるお祝いで北の大地の土を踏んだ。空港で爆音が鳴り響く。その音の導かれるように水色の空を見上げると、戦闘機が飛び抜けた。それが雷電の機影と重なって、ここまで来てくれたんだなと、僕は思った。

 この10年のうちに、おせちさんの時が止まって、友人の時が止まって、サヨリの時が止まって、アニキの時も……。ブログはね、人の心と心を結ぶ装置なの。だから、どこかの誰かに楽しんでもらえたら、それで御の字───なのですよ。

 これからも(笑)

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