きみの読書感想文〝002 サイコパス・クイーン 港小夜子〟

小説始めました
この記事は約5分で読めます。

002 サイコパス・クイーン 港小夜子

「ああら。こんなところで、空乃カナタさんと会えるだなんて。ご入学、おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます」

 で、どちら……さま?

 ボクに話しかけたのは、絵に描いたような優等生。物腰やさしい口調が育ちのよさを思わせる。

 それに反して、武道家のようなキリッとした目鼻立ち。切れ長の瞳が放つ眼光が、カミソリのような鋭さを放っている。なにもかも見透かしたような、ゾクっとする眼差しだ。

「ねぇ~え、きみぃ」

 オタがボクを見上げている。すっかりボクに馴染んじゃってるって、雰囲気で。

「たぶん、スクール・カーストの上の人かな?」

 それは当てずっぽだけれど、当たらぬも遠からずではなかろうか?

「ああら、申し遅れました。わたくし、文芸部二年の港小夜子みなとさよこと申しますの。次期部長として、空乃そらのカナタさんを、ご勧誘に参りましたのよ。ほほほほほ……」

 背中まで伸びた黒髪と、初雪のような白い肌。それに加えて、人の目を惹きつけるあでやかさ。手の甲を口元にあてがう姿が、平安時代のお姫さまのようだ。

 ゆっくりと、お姫さまの視線がオタに移る。すると、オタの体がビクンと揺れた。

「どうして、ボク……いえ、空乃カナタをご存じで?」

 是非とも、そこは押さえておきたい。

「まああ、以前より存じていますのよ。ミステリの空乃カナタさん。ある意味で、わたくしたちは同類ですもの」

 同類とは?

 さらに目を細める港小夜子。もはや、目をつぶっているかのようである。

「そうですわね。わたくしがサイコパス・クイーンだと名乗れば、ご理解いただけるのかしら?」

「ヘモ……」

「まああ、お読みになられて? それは、光栄ですわ」

 サイコ小説部門の頂点に立つ、サイコパス・クイーンを知らぬ者など、ノベルンではモグリである。

 ミステリは、冒頭から死体を転がせ。それが義務でもあるかのように、彼女は一行目から死体を転がす。新作の〝ヘモレージ〟の冒頭では、別々の場所で三体の屍が転がっていた。

 ヘモレージには、大量出血とか流血という意味がある。それだけで、彼女のファンたちは歓喜した。とはいえ、人気作家サイコパス・クイーンと、駆け出しの空乃カナタとでは、天と地ほどの差があった。

「ねぇ~え。きみぃ」

 オタも新作を読んだのだろう。ボクの袖を引く指先が、小刻みに震えている。

 心を怯えさせる心理描写は、容易たやすいようで難しい。黒板をチョークでひっかくような、精神を逆なでする描写たるや、彼女の右に出る者はいないだろう。それに即した情景描写までもが要求される。その点で論ずるのなら、彼女のヘモレージはお手本だ。

 とはいえ、実写化には無理がある。その題名が示唆するように、いくら血のりがあっても足りやしない。

 十八禁どころか、放送コードもNGだろう。書籍化も、たぶん無理。運営側から垢バンされないのが、不思議なくらいの過激さだ。サイコパス・クイーンを深夜に読むべからず。ノベルンでの常識だ。

 だが、彼女の作品には美学がある。美しくも恐ろしい、背筋が凍る美しさ。だから読まれる。まぎれもなく、港小夜子は鬼才である。

「放課後。本館三階の部室でお待ちしていますわ。それでは、ごきげんよう」

 本館に向かって、きびすを返す港小夜子。その後ろ姿が、桜の花びらと相まって、一輪のユリの花のように凜としている。後ろ姿もお姫さまだ。

「いや、部活は……」

 振り返ることもなく、港小夜子は立ち止まり、空を仰いでボクに言う。

「ああら、よろしいのかしら。天道てんどういろは先輩は、我が文芸部のOBですのよ」

 港小夜子に近づけば、あこがれの天道いろはと会えるとでも?

「ねぇ~え……」

 不安げに、オタがボクを見上げている。ここぞとばかりに、港小夜子がジョーカーを切った。

「明日、彼女のマンションへ参りますの。よろしければ……ご一緒いたしませんこと?」

 その殺し文句は、ボクには十分すぎるほどの切れ味だ。

「バイトがあるので、少しだけなら……」

「ね、ね、ね、ね、ね───」

 オタがボクの背中を連打する。急に……どうした? ボクはオタの大きな黒目に視線を合わす。

「バイトしてるの?」

 え、そっち?

「おばあちゃんの喫茶店でしてるけど……アルバイト」

 これから縁日へ出かける幼女のように、オタの黒い瞳がきらめいた。

「メイドさんの服着るの?」

 この子は、喫茶店の意味を履き違えている。

「エプロンだけだよ」

「裸で?」

 完全に履き違えていた。

 この絶好のタイミングを、港小夜子は逃さない。狙いすましたかのように、第二の矢が飛んできた。

「そちらのおチビちゃんも、文芸部は歓迎しますわ。そうそう……部室には、めずらしいお菓子もありますのよ」

「わーい!」

 意外とオタはチョロかった。ころりと港小夜子の手に落ちた。

「それでは、ご了承ということで。あらためて、ごきげんよう」

「ごきげんようぉ、サイコせんぱーい!」

 港小夜子の手のひらの上で、オタが楽しげに転がっている。

「そうそう……」

 まだあるのか? 港小夜子。

「ご一緒に、くまさんもいらしてね。ふふふふふ」

「うぐっ…………」

 ボクに最後のとどめを刺すと、港小夜子は本館へと姿を消した。恐るべし、サイコパス……。

「じゃ、葉山貴美子はやまきみこちゃん。わたくしとお弁当をいただきましょう。オタちゃん特製のお弁当ですの」

「じゃ、って……」

 オタが港小夜子の口調をまねている。阿川春花あがわはるかが影響を受けやすいというよりも、港小夜子の影響力が強いのだ。

「こっち、こっち。このベンチ! ハルカは、きみのために席を取っていました」

 ベンチの上にはオタのバッグ。そこからなら、桜の木がよく見える。これからオタと、お昼休みのお花見だ。港小夜子の登場が吊り橋効果となったのだろう。ボクもオタと打ち解けていた。

「オタは、ちゃかりさんだね」

「うぃっす!」

 ボクは石造のベンチに腰を下ろして、そっと弁当箱のふたを開く。す……すごい。

 玉子焼き、エビフライ、ミートボール、ブロッコリー、プチトマト……女の子らしい華やかなおかずが並んでいる。この子の彼氏になる男子は幸せ者だ……なんとなく、そう思った。

「あっ、くまさんだ」

 思わず口から声が出る。

「きみのパンツと、いっしょだね」

 オタの弾ける微笑みが、悲しき記憶を呼び覚ます。

「…………」

 もしも時が戻るなら、お弁当を受け取る前に戻りたい……。

「ねぇ~え。きみぃ───」

 なにはともあれ、やわらかな春の日差しと桜の木。オタとの昼食を楽しもう。

コメント