002 サイコパス・クイーン 港小夜子
「ああら。こんなところで、空乃カナタさんと会えるだなんて。ご入学、おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
で、どちら……さま?
ボクに話しかけたのは、絵に描いたような優等生。物腰やさしい口調が育ちのよさを思わせる。
それに反して、武道家のようなキリッとした目鼻立ち。切れ長の瞳が放つ眼光が、カミソリのような鋭さを放っている。なにもかも見透かしたような、ゾクっとする眼差しだ。
「ねぇ~え、きみぃ」
オタがボクを見上げている。すっかりボクに馴染んじゃってるって、雰囲気で。
「たぶん、スクール・カーストの上の人かな?」
それは当てずっぽだけれど、当たらぬも遠からずではなかろうか?
「ああら、申し遅れました。わたくし、文芸部二年の港小夜子と申しますの。次期部長として、空乃カナタさんを、ご勧誘に参りましたのよ。ほほほほほ……」
背中まで伸びた黒髪と、初雪のような白い肌。それに加えて、人の目を惹きつける艶やかさ。手の甲を口元にあてがう姿が、平安時代のお姫さまのようだ。
ゆっくりと、お姫さまの視線がオタに移る。すると、オタの体がビクンと揺れた。
「どうして、ボク……いえ、空乃カナタをご存じで?」
是非とも、そこは押さえておきたい。
「まああ、以前より存じていますのよ。ミステリの空乃カナタさん。ある意味で、わたくしたちは同類ですもの」
同類とは?
さらに目を細める港小夜子。もはや、目をつぶっているかのようである。
「そうですわね。わたくしがサイコパス・クイーンだと名乗れば、ご理解いただけるのかしら?」
「ヘモ……」
「まああ、お読みになられて? それは、光栄ですわ」
サイコ小説部門の頂点に立つ、サイコパス・クイーンを知らぬ者など、ノベルンではモグリである。
ミステリは、冒頭から死体を転がせ。それが義務でもあるかのように、彼女は一行目から死体を転がす。新作の〝ヘモレージ〟の冒頭では、別々の場所で三体の屍が転がっていた。
ヘモレージには、大量出血とか流血という意味がある。それだけで、彼女のファンたちは歓喜した。とはいえ、人気作家サイコパス・クイーンと、駆け出しの空乃カナタとでは、天と地ほどの差があった。
「ねぇ~え。きみぃ」
オタも新作を読んだのだろう。ボクの袖を引く指先が、小刻みに震えている。
心を怯えさせる心理描写は、容易いようで難しい。黒板をチョークでひっかくような、精神を逆なでする描写たるや、彼女の右に出る者はいないだろう。それに即した情景描写までもが要求される。その点で論ずるのなら、彼女のヘモレージはお手本だ。
とはいえ、実写化には無理がある。その題名が示唆するように、いくら血のりがあっても足りやしない。
十八禁どころか、放送コードもNGだろう。書籍化も、たぶん無理。運営側から垢バンされないのが、不思議なくらいの過激さだ。サイコパス・クイーンを深夜に読むべからず。ノベルンでの常識だ。
だが、彼女の作品には美学がある。美しくも恐ろしい、背筋が凍る美しさ。だから読まれる。まぎれもなく、港小夜子は鬼才である。
「放課後。本館三階の部室でお待ちしていますわ。それでは、ごきげんよう」
本館に向かって、踵を返す港小夜子。その後ろ姿が、桜の花びらと相まって、一輪のユリの花のように凜としている。後ろ姿もお姫さまだ。
「いや、部活は……」
振り返ることもなく、港小夜子は立ち止まり、空を仰いでボクに言う。
「ああら、よろしいのかしら。天道いろは先輩は、我が文芸部のOBですのよ」
港小夜子に近づけば、あこがれの天道いろはと会えるとでも?
「ねぇ~え……」
不安げに、オタがボクを見上げている。ここぞとばかりに、港小夜子がジョーカーを切った。
「明日、彼女のマンションへ参りますの。よろしければ……ご一緒いたしませんこと?」
その殺し文句は、ボクには十分すぎるほどの切れ味だ。
「バイトがあるので、少しだけなら……」
「ね、ね、ね、ね、ね───」
オタがボクの背中を連打する。急に……どうした? ボクはオタの大きな黒目に視線を合わす。
「バイトしてるの?」
え、そっち?
「おばあちゃんの喫茶店でしてるけど……アルバイト」
これから縁日へ出かける幼女のように、オタの黒い瞳がきらめいた。
「メイドさんの服着るの?」
この子は、喫茶店の意味を履き違えている。
「エプロンだけだよ」
「裸で?」
完全に履き違えていた。
この絶好のタイミングを、港小夜子は逃さない。狙いすましたかのように、第二の矢が飛んできた。
「そちらのおチビちゃんも、文芸部は歓迎しますわ。そうそう……部室には、めずらしいお菓子もありますのよ」
「わーい!」
意外とオタはチョロかった。ころりと港小夜子の手に落ちた。
「それでは、ご了承ということで。あらためて、ごきげんよう」
「ごきげんようぉ、サイコせんぱーい!」
港小夜子の手のひらの上で、オタが楽しげに転がっている。
「そうそう……」
まだあるのか? 港小夜子。
「ご一緒に、くまさんもいらしてね。ふふふふふ」
「うぐっ…………」
ボクに最後のとどめを刺すと、港小夜子は本館へと姿を消した。恐るべし、サイコパス……。
「じゃ、葉山貴美子ちゃん。わたくしとお弁当をいただきましょう。オタちゃん特製のお弁当ですの」
「じゃ、って……」
オタが港小夜子の口調をまねている。阿川春花が影響を受けやすいというよりも、港小夜子の影響力が強いのだ。
「こっち、こっち。このベンチ! ハルカは、きみのために席を取っていました」
ベンチの上にはオタのバッグ。そこからなら、桜の木がよく見える。これからオタと、お昼休みのお花見だ。港小夜子の登場が吊り橋効果となったのだろう。ボクもオタと打ち解けていた。
「オタは、ちゃかりさんだね」
「うぃっす!」
ボクは石造のベンチに腰を下ろして、そっと弁当箱のふたを開く。す……すごい。
玉子焼き、エビフライ、ミートボール、ブロッコリー、プチトマト……女の子らしい華やかなおかずが並んでいる。この子の彼氏になる男子は幸せ者だ……なんとなく、そう思った。
「あっ、くまさんだ」
思わず口から声が出る。
「きみのパンツと、いっしょだね」
オタの弾ける微笑みが、悲しき記憶を呼び覚ます。
「…………」
もしも時が戻るなら、お弁当を受け取る前に戻りたい……。
「ねぇ~え。きみぃ───」
なにはともあれ、やわらかな春の日差しと桜の木。オタとの昼食を楽しもう。

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