後ろの席の飛川さん〝038 私はね、高松まつりに夏休みを捧げるの〟

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 一学期最終日。

「それでは、二学期で会いましょう。解散!」

 花園先生が挨拶を終わらせると、教室は開放感に包まれた。その中で、前の席の広瀬さんだけが、誰かと話すでもなく、ボクに振り返ることもなく……いつものように淡々と、飛川先生の本を開いている。きっと、飛川さんからの誘いを待っているのだろう。ピクリとも動かない。

───いつ見ても、キレイな髪だ……。

 入学当時。広瀬さんの黒髪は、肩甲骨あたりまで伸びていた。今では、さらに十センチほど伸びている。第二成長期の真っ只中で、彼女の体は丸みを帯びて、五センチほど背丈が伸びた。それと比例するかのように、男子生徒からの人気も右肩上がりだ。先日なんて、別のクラスの女子から告白を受けたそうだ。それに引き換え、何も変わらぬのが、ボクの後ろのおかっぱだ。

 定期的に散髪をしているのだろう。まったく同じ髪型で、まったく同じ身長だ。パカパカと、今でも靴を鳴らせて歩いている。なんでもパクパク食べるのに、どこへ養分が消えるのだろう? エネルギー不変の法則をあざ笑うかのように、何ひとつ変わらないのが不思議に思えた。もしかしたら、十年後。彼女は同じ姿でいるのかも?

「ねぇ、きいちゃん」

 後ろの席の飛川ひかわさんは、いつも笑顔で問いかける。今日もエネルギッシュで何よりだ。

「私はね、高松まつりに夏休みを捧げるの」

 高松まつりの三日間、朝な夕なに踊り狂うつもりだろうか? まぁ、盆踊りは夏の風物詩。うまずたゆまず精進しなはれ。彼女の言葉を借りるなら……ボクは、夏休みを邂逅かいこうに捧げよう。どうせ今年も、ぼっちの夏なのだ。何よりも三万冊の壁は厚い。一日一冊読んだとて、五十四年を要する数だ……仕道翼しどうつばさ、恐るべし。

「そうですか。それでは飛川さん、よき夏をお過ごしください」

 ボクが帰り支度を始めると、彼女から思いもよらぬ言葉が飛び出した。

「じゃ、きいちゃん。八月の十三日は、空けといてね。また、連絡するからね。約束よ!」

「じゃ?」

 そう言い残すと、広瀬さんと一緒に教室を出た飛川さん。その場でたたずむボクである。ん? 十三日と言えば……毎年、花火大会が開催される日じゃないか。とはいえ、ボクの人生のどこを探しても花火大会の文字はない。

 だって、そうだろ? ひとりで眺める花火くらい、寂しいものはないのだから。そんなボクを、花火大会に誘ってくれるのかい? ボクを誘ってくれちゃうの? ウキウキした気持ちで下校したのが、昨日のように思い出される。

 が、しかし……現実とは残酷なもので、あの日から、待てど暮らせど、飛川さんからの連絡はない。ボクとの約束なんて、すっかり忘れてしまったのに違いない。したことさえも忘れたのだろう。飛川さんはダチョウと同じだ。

 賢いと言われる鳥類の中で、ダチョウは飛び抜けて頭が悪く、奇跡のアホと呼ばれている。それに飛川さんを当てはめるのは、いささか言い過ぎかもしれないけれど、ボクにだって、思うところが───かなりある。彼女の言葉を信じて待っていた、ボクのピュアを返してよ……。

 そんな、八月十三日午前十時……ボクは邂逅で本を読んでいた。ボクは邂逅に夏休みを捧げていた。この空間は私語厳禁。本を愛する者のみが入室を許される。にしても……讃岐には、こんなに孤独の民がいるのだな。今日も邂逅は満席だ。これだけ多くの人がいるのに、聞こえるのはページをめくる音だけだ。それだけで、ボクの心が癒やされた。

───トントン。

 一途さんが、ボクの肩をちょこんと突く。ジェスチャーで、外へ出ようと誘っている。はて? 何用だろうか? お客さんの迷惑にならぬよう、ボクらは受付カウンター席へ移動した。

黄瀬きせ君さぁ。あたしと同盟を結んだからって、そんなに根を詰めることはないんだよ。まだ、若いんだから……高松まつりとか行かないの? 今夜は花火大会だよ」

 なんて残酷な質問をする人なんだ。開口一番がこれである。

「ひとりで花火を見上げるだなんて空しいだけです。ボクは邂逅に、夏のすべてを捧げます」

 棒読みで言葉をつむぐボクである。

「そうなのかい。孤独は体に悪いって言うからね。じゃ、少し休憩をしようじゃないか。飲み物は、いつものカルピスでいいだろ?」

 その気遣いが辛いです……とは言えない。

「少しだけ……」

 ボクには大勢の友だちがいるのだと、一途さんは勘違いしているのだろう。残念でした、一途さん。ボクは、ぼっちな陰キャです。

「さっきの話だけどね、黄瀬君。あたしに気遣いなんて、いらないよ。キミは中学生なんだ。友だちと夏休みをエンジョイしなきゃ。編集者の仕事には、コミュニケーション能力だって必要だ……」

 一途さんはそう言って、ボクの前にカルピスを置いた。ボクに対して、彼女は何かしらの責任を感じているようだ。それだとて、ボクには先立つ友だちがいないのだ。

「本がボクの友だちです」

「それ、知ってる。キャプテン翼のパクリでしょ?」

 一途さんは冗談だと受け止めたようだ。ガチでマジで本心ですけど?

「ええ、まあ……」

 ボクは愛想笑いをしたけれど、そんな小説あったっけ? 微妙な沈黙が恐ろしくなって、ボクはカルピスを飲み干した。キャプテン翼、キャプテン翼……忘れぬうちに調べとこ。スマホの電源を入れると、飛川さんからのメールがあった。

「あ、飛川さんからだ……」

「よかったじゃん!」

 にっこりと、一途さんが微笑んだ。

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