広瀬忍がボクに言う。飛川月読がアームレスリング大会に出るのだと。
どんなに夏休みを捧げようとも、彼女は一勝すらできぬだろう。無謀である。彼女が怪我でもしないかと、ボクは心配でたまらない。会場に入ったボクの目は、飛川さんを探していた。
あれ、しろたんじゃね?
賞品が並ぶテーブルの中に、大きな大きなぬいぐるみがあった。もしかして……飛川さんは、これが欲しいのか? きっとそうに違いない。その根拠がボクにはあった───
飛川月読は、誰かの生まれ変わりではなかろうか? そう思わずにはいられない。彼女には、それを思わせるエピソードがふたつある。これは、飛川先生から聞いた話だ。
───ひとつ目は、尾辻正義への恋心。
「どうして、オッツーなの?」
五歳の飛川さんに先生が問う。
「オッツーを、うまれるまえから、さがしていたの」
そう、笑って答えた飛川さん。
───ふたつ目は、しろたんだ。
しろたんとは、シロクマをモチーフにした、人気キャラクターの名称である。
「どうして、しろたんが好きなの?」
同じく五歳の飛川さんに先生が問う。
「おまつりのてっぽうで、なんどもしろたんをねらったの。それが、なんどもなんどもあたったの。でも、しろたんはうごかなかったの。だいすきなしろたんなのに。ツクヨのしろたんになって、くれないの……」
幼き飛川さんは、しょんぼり顔で答えたそうだ。
十三歳の飛川さんに、その記憶がまるでない……。
短編小説『邂逅』は、飛川三縁が輪廻転生を描いた物語。そのヒロインのモデルは、堤一途であると同時に、飛川さんであるのに違いない。それを、先生に訊いたことはないけれど、ボクはそうだと信じている……。
テーブルに並べられた賞品の中。しろたんらしき、ぬいぐるみがあった。小学生低学年くらいのサイズである。
飛川さんの前世の記憶。その欠片が、この大会に飛川さんを参加させたのかもしれないな。そう考えれば、つじつまが合うのだが……
「広瀬さん。あれって、しろたんのぬいぐるみだよね? あれ、飛川さんが好きなんだよね?」
広瀬さんの口から出たのは、返事に困る回答だった。
「そういうとこ、好き」
この暑さでのぼせたか? 彼女が倒れでもしたら大変だ。広瀬さんを給水コーナーへ連れてゆくと、大男たちが紙コップに入った水を配っていた。
彼らは、RAIDENのメンバーである。RAIDENとは、ご当地プロレス団体の名称で、この大会は地域活性化を目的として開催されている。そう、ポスターに書いてあった。
ボクらに近づいてきた謎のマッチョ軍団は、館内警備をしていたのだろう。無言でボクらを守ってくれたのだ。ボクは、水を配るメンバーのひとりに訊いてみた。
「予選をしているはずですけれど、いつ始まるんですか?」
「予選は、午前中に終わったよ」
そいつはお気の毒……飛川さんを慰めないと。
「これから始まるのは、準決勝と決勝だよ。えっと……今から三分後だね。今年の大会は大番狂わせの連続で、前回の優勝者とじいさんと兄ちゃんと、小さな女の子が残っているよ。あの子の背中には……何クラブだったっけ? ほ、ほ、ほ……」
「放課後クラブですか?」
「そうそう」
知ってる。それ、嘘でしょ?
「俺たちも格闘家の端くれだからね。あんなの見せられたら熱くもなるさ。もしかして、あの子の彼氏?」
「は?」
断じて違う!
「あの子。夢は花嫁だって言ってたな。それが、健気で可愛いんだよ。もうすぐ、うちの会長が到着するよ。あんな逸材が揃っているからね。こんな名勝負は見なきゃ損だよ。その証拠に、お客さんがドンドン入ってるだろ。SNSで拡散したからね。いつもなら、こんなにお客は入らないよ。この調子なら、うちの知名度も上がるだろうね。有り難や、有り難や───」
軽く興奮したように、ボクに答えるマッチョマン。
でも、お兄さん。論点がズレてはいませんか? 飛川さんが勝った理由が分からない。勝つ要素が見当たらない。というよりも、勝って当然という顔つきが、あまりにも不自然だ。
「飛川さん、勝ち残ってるんだって」
「そ」
それに喜ぶこともなく、平然と答える広瀬さん。
「知ってたの」
「そ」
どうして、先に言わないの?
広瀬さんがコップの水を飲み終えると、会場からBGMが轟いた。それと同時に、大きな歓声で床が揺れた。どうやら試合が始まるようだ。司会者が、語るように言葉を紡ぐ。プロなのだろう、いい声だ。
「漢には、負けると分かっていても戦い挑む時がある───ガシャ、ガシャ。ちょっちょっちょ───」
音響機器にトラブルが発生したようだ。せっかくの演出が台無しだ。
「男とちゃうもん! 女やもん!」
そそそ……その甲高い声は、飛川さん! 何やってんの?
ボクらは、会場へと駆け戻る。扉の向こうで、司会者と飛川さんが揉めていた……。
高松市民体育館、第二競技場。湧き上がる歓声。真夏の競技場に舞い降りた天使。その歓声に昇華され、やがて彼女は伝説となる……。

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