高松まつりアームレスリング準決勝、第一戦。
昭和歌謡の名曲〝雪国〟をBGMに、柳先生に向かって歩を進める飛川さん。しっとりと流れるメロディーに合わせて、ポエマー鈴木のイケメンボイスが冴え渡る。高松まつりの余興のはずなのに、茶化すことなく、飛川さんからの文面を読み上げる。
「私はその時を待っている。瀬戸の花嫁になる、その時を。でも、ダーリン。少しだけ待っていて。その前に、私にはやるべきことがひとつあるの。ほら見て、ダーリン」
ほんと、この人、いい声だ。
ポエマー鈴木が指をさす方に、大きなぬいぐるみが座っている。その可愛らしいお願いに、会場が笑いに包まれた。観客の反応に酔うかのように、名調子が止まらない。
「しろたんが、私のことを待ってるの。だから、もう少しだけ我慢して。私はしろたんと、あなたの所へお嫁にゆくの……赤コーナー、夏休みの宿題やってるか? 花嫁夢見る中学生! 飛川月読ぉ~十三歳! これから、七十歳の年の差に挑みます」
今の時代。誰もが小馬鹿にするような文言を、誰もが真摯に受け止めて
「「「はーなぁー、よめ。はーなぁー、よめ……」」」
花嫁コールが巻き起こる。ボクは悟った、プロレス好きに悪人などいないのだ。
「上手い!」
ボクの隣で、広瀬さんが呟いた。
あ、そっか……しろたんは、準優勝の景品だ。ここで負ければ、飛川さんは三位か四位。準優勝には届かない。だとしても、この入場アナウンスは効果的だ。柳先生が、しろたんを欲するとは考え難く、きっと、飛川さんに譲るはず。それを見越しての作戦か? 飛川月読、抜け目なし。
ついに、柳雪心と飛川月読が対峙した。お遊びのはずなに、嫌でも場が盛り上がる。これもまた、ポエマー鈴木の話術の賜だ。帰りに彼のサインをもらって帰ろう。
「お主、あれが欲しいのか?」
「すごく欲しいの……生まれる前からよ」
アームレスリング台にマイクが設置されているのだろう。会場にふたりの会話がこだまする。生まれる前から……その言霊が、観客の心をつかんで離さない。
「ほう……このワシに勝てるかね?」
不敵な笑みを浮かべる柳先生。大人げもなく、女子中学生を挑発している。
「おじいちゃん、強そうね。私も本気を出さないと……」
ゆっくりと、パーカーのフードを被った飛川さん。彼女は予告どおり、夏休みをアームレスリングに捧げたのだ。いつものように「私のオッツー」と叫ばないところに、飛川さんの本気を感じる。
「おーっと、飛川選手! 桃色のフードを被り戦闘態勢に入りました。それは、予選では見られなかった光景です。彼女のつぶらな瞳が観客席を見つめているぅぅぅー! そこに、ダーリンの姿があるのでしょうか?」
会場を見渡すポエマー鈴木。辺りを見渡す観客たちが、どうやらボクらに気づいたらしい。彼らの熱い視線が恥ずかしい……。
「黄瀬君、邂逅から来たのかい?」
尾辻さんがボクに問う。
「はい」
「だったら、キミのリュックの中にあるよね? 放課後クラブのメンバーは、どんな時でも仲間を支える。どんな時でも仲間を守る。それが彼の遺言だ。キミの背中には、仕道翼がいるんだろ?」
邂逅では、ボクは放課後クラブのパーカーを着用すると決めている。一途さんへの敬意を込めて……リュックからパーカーを取り出すと、ボクは袖を通して声を出す。
「はい!」
すると、深々とフードを被った尾辻さん。それに広瀬さんが追従する。同じくボクもフードを被る。ボクらの心がひとつになった。
「黄瀬、お前がやるんだ」
尾辻さんがボクの背中をぽんと叩く。あの日、飛川先生がボクの背中を叩いたように……。大きな手のひらが温かい。
「はい!!」
ボクは、飛川さんに向かって拳を突き出した。それに応えるように、拳を突き返す飛川さん。それと同時に、ふたりの拳も───これがボクらの……そして、仕道翼のグータッチ!
「それは、なんの真似かね? ふぉふぉふぉ……」
柳先生の挑発が止まらない。飛川さんがフードのジッパーを下げながら、体育館裏で林一派に放った、あの言葉を口ずさむ。
「変身するの」
観客たちが固唾を飲んで見守る中で、ポエマー鈴木から速報が入る。
「ただいま、本部からの情報が入りました。中高生界隈で、ベルトの少女の都市伝説があるようです───」
ポエマー鈴木の言葉に、ボクら世代であろう、若い観客がざわめいた……。
「悪がはびこる所にふたりの少女が現れて、悪を成敗して去ってゆく。その少女のひとりが、彼女だというのでしょうか? そして、もうひとつ。柳老人は、日本古武術。柳無手勝流の達人です。彼が伝説の男であるのなら、生ける伝説が少女に負けるわけにはいきません。私たちは都市伝説と生ける伝説との戦いを、目の当たりにしているのです。この一戦は、見逃せません! おーっと、来賓席に会長が姿を現しました。高松まつりアームレスリングの歴史の中で───これは、異例中の異例です。私はふたりにこう告げたい───この大会に出場してくれて、ありがとうぅぅぅ!」
───うぉぉぉぉ!
興奮冷めやらぬ会場で、ふたりの少女が声を上げた。
「「変身!」」
───ギュィィーーーーン!
「おーっと! もうひとりの少女のベルトが、観客席で鳴り響いています。ベルトの少女の都市伝説が、今、我々の目の前にぃぃぃ!」
会場の熱気を、ポエマー鈴木が最高潮まで引き上げる。
───おぉぉぉぉ!!!
たかが腕相撲、されど腕相撲。お祭りの余興、ただのお遊び……それなのに、観客が放つ熱気たるや、プロレスのメインイベントさながらだ。会場の空気が揺れている。
その時、ボクは見た。飛川さんの背中で羽ばたく巨大な翼の幻影を。この勝負、ボクらの勝ちだ───飛川さん、やってやれ!
ボクは生まれて初めて、血のたぎりを感じていた……。

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