───ゆるゆるしたブログも読みたくなってきてるから、待ってるよ〜。
納豆をかき混ぜながら、メールを開くとリクエスト。
ゆるゆるねぇ~、ゆるゆるかぁ~……目前のネバネバを眺めてふと思う。もしかしてだけれど、うっかりしているうちに、もう2月? 2月の最大イベントと言えば、今日の節分ではなく、少し未来のバレンなんちゃらでもなくて。畑に春じゃがの種芋を植えないと! でもこれって、ゆるゆるが書けるのかぁ……?
じゃがいもから連想できる、ゆるゆると言えば……「カル、ビぃ~のぉ~お、ポテト、チップス♪」これっきゃない。ネタは決まった、写真はあるか? ブログ内でアイキャッチ用の写真を探すと……継続は力なり。いいのがあった(笑) それでは、カルビーのポテトチップスの思い出話をば。ここからは対象年齢お高めの、ガチで昭和のお話です───
僕がポテトチップスの存在を知ったのは、1975年(昭和50)ことである。たぶんそれは、カックラキン大放送の間で流れた藤谷美和子のコマーシャルだったと記憶している。
「100円で、カルビーポテトチップスは変えますが、カルビーポテトチップスで100円は……買えません。あしからず」
藤谷美和子と言えば、ゆうひが丘の総理大臣だけれど、それは少し未来のことである。
以後、このコマーシャルを散々観たと思うけれど、だからと言って、それを買ってもらえるわけでもなく、100円あるなら普通にペロティチョコやチロルや、スコットランドの伝統の美味しさをあなたに……チェルシーを買うでしょ? それと、ポッキーも候補にあげたい。
ポテトチップスを食したことなき小学生が、そこに100円なんて大金を投じられない。この思考は、中学生になるまで続くことになる。それと同様の理由から、サッポロポテトとサッポロポテトバーベキュー味にも、僕は手を出すことがまるでなかった。もちろん、それにつけてもおやつはカールも同様だった。
いずれにせよ、僕はポテトチップスをお菓子と認識していないのだ。だって、そうでしょ? カレーやシチューに入っている、じゃがいもを揚げたってことは……それはもう、ご飯のおかずでしょ?
今もなお、その思考回路が機能し続けていれば、人生の総摂取カロリーを大幅に抑えれたかもしれないけれど……世の中そんなに甘くない。たったの一枚で闇堕ちだった(汗)
僕がポテトチップスの味を覚えたのは、中学生になってからのことである。友人の部屋で、ポテトチップスとコーラが振る舞われた……こいつ、金持ちの息子か? 盛大にポテチの袋を開く友人に、そんなことを思ったものだ。その場にいた仲間たちが、ポッキーオンザロックって感じでポテトチップスに指を伸ばす。
そのとき僕は、ポカリにトラウマを抱えていた……水に粉を混ぜるやつで、専用ボトルまで買ったのに。初めて飲んだイオンサプライの味は、とんだサプライズレベルにまずかった。そんな後悔の傷が癒えぬうちのポテチである。そりゃ、予測可能なコーラしか飲むわけがない。どうせ、ポテチなんてじゃがいもだし……。やっぱり、ごはんのおかずの材料でしょうよ? 男の胃袋をつかむ肉じゃがの。
そんな僕を見かねた友人が、
「ポテチ食べんの?」
「いらん」
「嫌いなん?」
「食ったことない」
ざわ……ざわ……ざわ……
その場が凍りつくというのだろうか? 全員の視線が僕に向かって注がれた。
「それは、不幸だ」
どういう意味だ?
「甘いのは小学生まで。中学生からはポテチやで」
そっか……中学生はポテチなのか。
謎の理論に諭されて、一枚だけ食べてみた。しょっぱいが舌先で踊っている。これ、うまいの……か? 正直なところ、この味はどうなんだろう……。好みの味ではないのだけれど、その後に飲んだコーラーが絶妙にうまかった。もちろん、ビンの190㎖。
冷えたビンが唇に触れて、冷たいコーラを流し込むと、ポテチの塩味がアクセントになって、炭酸の泡と同化する。ポテチは知らんがコーラは美味なり。ゆえに、ポテチも必要だ。
僕の舌が、ポテトチップスをお菓子だと認めた日。「カロリーオフ」よりも「なめんなよ」がメジャーな時代。太る想定なんてどこにもなくて、この体験がマックのフライドポテトへの礎となろうとは、お釈迦様でも気づくまい。
じゃがいもを油で揚げるだなんて、人類は罪づくりな発明をしたものだ。あーーー、夜マックへ行きたい!(笑)

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