ショート・ショート『名も無きスイカ』

小玉スイカ
小説始めました

――うぁわ~スイカだぁ。

 相棒からの小包を開くとスイカであった。『初物を75日寿命が延びるといいます。ユッキーさんとワーちゃんにも1つずつおすそわけをどうぞ』とのメールももらった。今まさに、絶賛お育て中のスイカだけれど、一般的には7月とか8月が収穫期の野菜である。フライングにしても度が過ぎている。でもさすが、天才の友人が仕込んだスイカである。ありがとう、いただきます。

小玉スイカ

 控えめに言ってもこれうまい。ちょっと前にもらったお芋もうまかったけれど、このスイカめちゃうまい。それは僕の依怙贔屓えこひいきなのかも知れない。でも、うまくてスイカの半分食べまして、今日もサヨリは元気です。

───真夏なら丸々一個イケたね(笑)。

 うまいスイカをありがとう。でも、僕にはお返し出来るものが無い。何も無いから、また、ショート・ショートを書きました。第二弾は学園仕立て。女子高生の気持ちは全く分からんけれど、暇つぶしにでも読んでくれるとうれしいです。

『名も無きスイカ』

 わたしには自慢の親友がいる。常に成績は学園トップ。気立ての良い美人さんだ。その愛くるしさで男子からの人気は高く、高ニの頃には『学園のプリンセス』と呼ばれ、男女問わず憧れの的となった。その気になれば、男なんて選り取り見取の筈なのに。彼女は男っ気のない学園生活を過ごしていた――不思議だわ。

「彼氏とか作らないの?」

「そんなの要らない、あなたは?」

「スシローのお皿に乗って、ドンドンとイケメンが流れて来ないかなぁ〜」

「それ、ウケるー。」

 定期的に投げかける質問はいつも華麗にスルーされる。この子を惚れさせる彼氏はどんな人だろう?。ちょっと興味ある。でも、嫉妬するのだろうな?、親友だけど、たぶん妬いちゃう。

 そんな彼女に変化が現れたのは、高2の夏休みの直後だった。いつもなら、赤いリュックから何かの本を取り出して読書に没頭する筈なのに、この数日はスマホばかりを見つめている――かなりの怪しさ。

「何見てるの?」

「おつきさま」

 知ってる、それ、嘘でしょ?。抜けるような白い肌が薄紅色に染まっているもの。推しよね?、推しでしょ?、推しだよね?、推しだと言って!。彼女のスマホをチラリと覗き見ると、猫のブログのようであった。なんだぁ、にゃんこですかぁ。猫の写真の下に謎の割れたスイカが見えた。

「割れたスイカがお月さま?」

「……誰にも言わない?」

「言わない、言わない。だって、うちら親友だもの」

「じゃ、手伝って。誰にでも出来る簡単なお仕事です(笑)」

「へ?、闇バイト?」

 その日から、校庭の隅っこで小さな温室作りが始まった。彼女は大きな麦わら帽子をわたしの頭に乗っけて笑う。

「ここでスイカが出来たら、おつきさまにあげるんだ。だからがんばって」

「こんなの校庭に作って良いの?」

「学園長の許可は取ってるから大丈夫。私は用意周到な女なの」

 さすがは学園トップ。いいえ、全国でもトップクラスの秀才なのだ。温室くらいお手の物なのだろう。もしかしたら、温室の材料費用も学園が負担したのかも?、実験とか、研究とか、何とかかんとか言いくるめて。彼女ほどの実力ならば、それくらいなら容易たやすく出来そうな気がした。何よりも、その笑顔にわたしは逆らえなかった。だってそうでしょう?、ものすごく楽しそうなのだ。無邪気な笑顔に、わたしも何だかうれしくなった。

 その数日後、温室の準備が整う頃。蝉時雨と共に意味不明の機材が温室の中に運び込まれた。スイカなのに測定器?、お金の出所でどころは?、ソーラーパネルはわたしでもわかる。彼女に言われるがまま、測定器らしきものを運びそして並べた。完成した温室は、ジェラシックパークに出てきそうな風貌だった。これなら恐竜の卵でも孵化出来そうだ。

――私の本気をなめちゃいかんよ!。

 その一方で、彼女は謎のマシンと格闘していた。彼女なら、将来、ガンダムくらいなら作っていそうな気分になった。暑い夏は熱く流れ、うちらの夏休みは終わりをむかえた。

 二学期に入っても、彼女は温室に入り浸っていた。わたしの手には一本のクワが手渡され、わたしは温室の中の土をせっせと耕した。時折、化学の先生がうちらの様子を眺めに来る。先生と彼女は、ふたりでノートを見ながら何やら相談をしているようであった。これが、学年トップの思考回路というやつか……。それをわたしには理解出来ないのが少し悔しい。勉強しよっかな……。

 温室に入り浸りながらも、彼女の成績が下がる事は無かった。むしろ、全国模試の成績はうなぎ登り。この人は、もうすぐ東京大学へ行くのだろうな。わたしと別世界の人になるのだろうな。やっぱ、勉強しよっかな……。

 そして運命の日が訪れる。うっすら雪景色のクリスマスの早朝に、わたしは例の温室に呼び出された。もちろん学園のプリンセスから。

「今からスイカの種を仕込みます」

 今さっき、随分な告白してくれたよね?。クリスマスなのにスイカの種まき?。彼女はキョトンとしているわたしに微笑む。

「クリスマス、それは奇跡が起きる日よ。つまり、何でもありなのよ。それと、私が何も出来なくなったら、その時は、この手紙を読んで欲しいの。それまでは絶対に読まないでね。あてにしてるわよ、親友。じゃ、よいお年を(笑)」

 三学期、彼女が登校する日は一度も無かった。わたしは彼女の手紙に目を通す。そこにはきれいな文字が並んでいた。読めない漢字が少しあった。内容はスイカのお世話の方法だった。イラスト入りで人工授粉のやり方と、知らない人の住所と名前――『スイカが出来たら発送してね』それだけが書いてあった。この人が……おつきさま?。

 わたしは毎日、温室に通った。わたしの役目は温室の中のスイカを見るだけだった。だから水やりすらしていない。温室の中では土の水分量を計測して、自動的に必要な分だけ給水する仕組みだった。動力はソーラーパネルだと化学の先生が教えてくれた。わたしの親友は天才である。彼女から見える世界は天才だけの世界なのだろう。やっぱり、わたしには分からない。

 三月になって、ようやくスイカの花が咲く。小さなきれいな花だった。彼女の指示通り、わたしは人工授粉を完了させた。でも、わたしにはそれが出来たかどうかが分からない――人工授粉をした夜、不安で不安で眠れなかったのを覚えている。

 高校三年にわたしはなった。新入生が可愛く見えた。クリスマスのあの日から、わたしは彼女の姿をみていない。個人情報は云々かんぬん…質問しても担任の先生は口を濁し、スマホからの連絡も絶たれた。それでも毎日、温室に通った。スイカは徐々に大きくなった。時折、温室で会う化学の先生が口火を切った。

「そろそろ、収穫の時期だな。もう、スイカを採ってもいいぞ。あの子から、それだけを頼まれていたんだ。それ以外は口出ししないようにと念押しされてな(汗)。よく頑張ったな、偉いぞ。」

 どこまでも、用意周到な親友であった。わたしはスイカを収穫し、彼女の指示通りの住所へ送った――『つきがきれいですね』と書かれた直筆のメッセージカードを添えて。親友からの大役も終わり、わたしは少しホットした。けれど、大きな疑問が心に残る。

――おつきさまとは彼なのか?。

 あの猫と割れたスイカの記憶を頼りに、ネットの世界を調べて回った。夏休み、二学期、冬休み……。そんな事などいつでも出来た。でもそれを、やってはいけない気がしていた。彼女はわたしの親友だから、会うことが出来なくっても、これからもずっと親友だもの。

 約束は守った。だからようやく検索を始めた。きっとそこに秘密の答えがあるような気がして。そしてわたしは答えを見つけた。見つけたブログを毎日読んだ。割れたスイカはブログ主の栽培失敗の記録であった。過去に遡って読み返しもした。側近では菜園ブログに見えたけれど、過去に遡るほど猫ブログであった。その中に親友らしきコメントもみつけた。彼女らしいコメントの数々に涙があふれて止まらなかった。

 わたしがスイカを送った次の年。名も無きスイカは彼の畑で実をつけた。その翌年も、その後も、毎年、スイカは実をつけた。投稿の日付は、判を押したように満月の夜に行われた。

 ブログ主と直接メールで連絡する事も考えた。でもその場所に、その領域に、いくら親友でも足を踏み込んではいけない気がした。数年経った今も尚、そこは彼女の聖域のような気がして。だから彼女とおつきさまとの関係は、やっぱり今でも分からない。その答えは名も無きスイカのみが知るのだろう。

――完。

コメント

  1. 新作のショートショート、拝読させて頂き、ほっこりと暖かい気持ちになりました。それにしても最近の農業は凄いですよね。小説内の話だけはでなく本当に無人化とか、スマート農業とか、遠隔管理とか…。僕の頭では理解しきれずに「へぇ~」の連続です。様々な研究や開発によって農作業の負担軽減や人手不足の解消になるのは本当に有り難い事です。沢山の研究者の方々を尊敬し感謝します。

    • マコトさん、こんばんは。最近の農業技術の進化は凄まじいものがありますね。未来の農家は工場の中で作物を作るのでしょうね。ほんと、農業には人手が要りますからねぇ〜。

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