月に一度の贅沢が、おでんをたくさん食べました

雑談
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 小説を読めば、読み手に作者の文体が宿るという。太宰を読めば太宰が宿り、三島を読めば三島が宿る。今よりマシになるのなら、なんだって構わない。たとえそれが悪魔でも───

 アニキからの小説を読み漁り、ポメラに向かって思いの丈を叩き込む。すると、どうだろう。南アルプスの湧き水のように、スラスラと語彙が浮かんで文章が……書けるわけがありません。たかだか、1ヶ月程度の読書くらいで、そんなの書けるはずもありません。得るものがあったけれど、それを生かす技量がない(汗)

 インターネットの大海で、羅針盤を失った小舟のように……てか、衛星軌道上に放り出された、映画「ゼログラビティ」のサンドラ・ブロックみたいになっている。スピード然り、ザ・ロストシティ然り。彼女は見事に逆境から生還したというのに……こっちは、泳いでいるのか溺れているのか? そこに地球が見えているのに、戻る手段が見つからない。

 こんなことをしていると、そのうち「あの人は今」みたいになってしまう。「キジとらってブログ、あったよね」これは避けたい。せめて一本だけでも記事を書いて、天道さんを安心させたい。でも、書くテーマが思いつかない。ポメラを開けど指は動かず……。

 そんな折、見知らぬ人からのコメントが舞い降りた。去年書いた、昭和の肉まんを懐かしむ記事である。返事を書きながら初心を思い出す。自分にとって、理想のブログとはなんなのか? キャッキャと茶熊さんが喜んでいた頃のような、気楽に楽しんでもらえるブログではなかろうか。

 背伸びは……いけない。

 今、書けることを書けばいい。身の丈にあった記事を書けばいい。そもそも、それを書いてきたのだから。そう思うと、少し気分が楽になった。有り難いことである。

 じゃ、何を書く?

 だったら、天道さんにもらったメールっしょ。そこから記事ネタを拝借しよう。だって、そうでしょ? 僕の得意分野は昭和だもの(笑)

───あなたは もう忘れたかしら 赤い手ぬぐい マフラーにして

 桃畑のラジオから流れる、飛川さんが大好きな歌。それは昭和の名曲、神田川(1973年)。

 僕らの世代と若い世代とでは、歌詞の捉え方が大きく違う。若い人にとっての昭和とは、きっと異次元転生くらいの別世界。細かいことは割愛するが、

「赤い手ぬぐいなんて見たことない」

 このツッコみが腑に落ちた。そりゃそうだ、リアルタイムで生きていた僕だって、赤い手ぬぐい見たことない。サクッとした切れ味に、目から鱗が落ちた気分だ。こういう視点は大事だよ(笑)

 この流れから、同じくかぐや姫の「22才の別れ」である。

 親が決めた相手と結婚する。それが嫌なら駆け落ちだ。そんな謎の理論が、昭和ではまかり通っていた。それゆえに、僕の思考はそっちへ働く。22才の彼女は、親の決めた相手に嫁ぐのだと。上流階級なら戦略結婚は当然で、一般家庭だとて、さもありなん。身の回りにそんな事例は山ほどあったし、親戚の家でもそれはあった。通学路にはプロの仲人さんの看板があって、その看板の横を通る度に、離婚されたら責任取れる? そう、子ども心に思ったものだ。

 今や結婚相手は自分で決める時代。お見合い? 釣書つりがき? それ、な~に? となれば、5年も付き合った彼の人物像は、まるで駄目なおっさん。マダオであるのに違いない。それが当然の帰結であるけれど、「22才の別れ」には、対となる楽曲が存在する。

───今 春が来て 君は きれいになった……

 それは二階堂ゆきならぬ、昭和の名曲「なごり雪」。イルカさんが歌うイメージが強いけれど、これもまた、かぐや姫の伊勢さんが書いた曲であり、どちらも大ヒットを飛ばした。そして「22才の別れ」の彼女と、「なごり雪」の彼とは、カップルであるとも言われている。それを鑑みれば、歌詞に対する印象も変わるかもです(笑)

 「神田川」に続く「赤ちょうちん」。ネットもスマホも、ファミレスもコンビニも、ほっともっともスシローもない時代。月に一度の贅沢が、おでんをたくさん食べました。若い人にこの歌詞が、どんなふうに聞こえるのだろう?

「こんな貧乏生活、見たことない」

 とか言われそうだけれど、ちょっと気になる(汗)

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