ショート・ショート『無くしもの』

無くしもの
小説始めました

 一昨日、ちょっと「ん?」な出来事があった。でも、ブログには書かなかった。大した話でも無かったからだ。その代わり、相棒に「裏ブログ」と称してメールを飛ばした。決して表層からは見えないのだけれど、僕らは陰でそれを行っている。相棒からの「裏コメント」も存在する。内緒の話はあのねのねというヤツである。この一件は、僕からのお礼を兼ねたご報告のつもりであった。

――僕のメールは、由相当なショッキングであったらしく、すぐさまメールが返ってきた。

 ひとつの物語ばかりを書いていると目が曇る。嘘をつくのも下手っぴである。だから、小説の練習も兼ねて、ショート・ショート風にこの一件を書いてみようと思う。どこまで事実か?、どこから嘘か?、その全てが本当かも知れないし、その全てが絵空事かも知れない。これもひとつのトレーニング。最後まで騙し通せれば僕の勝ち。今日もサヨリは元気です(笑)。

『無くしもの』

――告られてしまった。

 それは、ズルい告白だった。永遠に届かぬ後出しジャンケン。これまで起こった数々の事象をどう捉えるか?、どう伝えるか?、どう処理するのか?。これは彼女からの宿題であり、命がけの難問でもあった。

 告られる少し前、受け取ったシャツがある。胸ポッケが左右に付いたデニムのシャツ。送り状の名前は彼女だけれど、シャツの送り主は彼女の兄であった。シャツには「妹の服を送ります。使えたら使ってやって下さい」との手紙が添えられていた。

 でもお兄さん、サイズ「M」に僕は不安しか感じません。だがしかし、不安になっても状況は変わらない。着てみるか。着られなければダイエット。ショートカットで「断食」の二文字も視野に入れて腹をくくる。

 袖を通すとやっぱり短かい。やっぱりね、そうだよね。気づかぬうちに脈々と僕のカラダは成長していたようである。つまり、シャツにカラダが入らない。胸元のボタンが閉まる未来は閉ざされる。がっかりだ。そして気づく、一回、折られた袖口に。まだゲームは終わりじゃない。続行である。

 袖口を伸ばすとジャストフィット。この感じ?。まだ見ぬ彼女の一面を垣間見た気がした。これなら着れる。下から順にゆっくりとボタンを合わせた。やった!、着れた。最後のボタンを合わせると、彼女の残り香と妙な達成感が僕を包んだ。このあたふたに、まだ見ぬ笑顔が少し見える――そんな気がした。

――お気に入ったよ、ありがとな。

 二日ほど、彼女のシャツに袖を通した日常を過す。その翌日に洗濯機を回した。とは言え、五月雨が肌寒い。こりゃたまらん。洗い立てのシャツに手を伸ばす。思えば、三日連続で同じシャツ。このシャツに、僕はジュディ・オングくらい魅せられたのか?。自分でもよく分からない。でも、身も心も遠赤外線くらい暖かいのだ。だから仕方ない。

 シャツを着込んでポメラに向かう。日課のブログを書き始めると、胸元に違和感を感じた。何かある。右のポッケに指を突っ込むと、猫のキーホルダーが姿を出した。そして久々の僕らの謎解きゲームが幕を開けた。

 いつのそう、いつだってそう。小説書きの彼女には、メールにせよ、手紙にせよ、小包にせよ、全てに意味を持たせる癖があった。伏線と回収。それは、小説書きの習性である。そしてブログ書きの僕は思考を回す。彼女が仕込んだ謎を解くため。

 茶トラ猫、キーホルダー、空自の何か?。僕はその意味を考え始めた。これはそう言うお遊びである。一年前から始まった、僕らのお茶目なお遊びであった。二度と届かぬ答えだけれど、その先に何かがあると期待をかけて。無い知恵絞って答えを探す。

 猫も好き、空自も好き、雷電は大好き……。キーホルダーは、意図的に胸のポッケに忍ばせていたのに違いない。だから無意味な筈も無い。あれこれ考えても答えは出せず。ギブアップである。降参だ。

 僕にはひとつの義務があった。彼女の兄へ、キーホルダーの存在を伝える義務である。彼女が僕の次の手を予測しているのなら、その返答の中に謎解きのヒントがあるかも知れない。これまでもそうだったように、きっとそうに違いない。

 僕は写真と事実をメールで伝えた。彼からの回答は、僕の予測の遙か上。成層圏をも超えていた。文脈から伝わる興奮。「それは妹の宝物で、散々探してみつからなかった無くしものです」───この全てが偶然?、そんな事ってある?。

 偶然の数が多すぎて、この場では割愛するのだけれど、巧みに僕らを動かしながら、これまで数々の偶然を引き起こした彼女である。それを無意識でやられたら、そりゃもうお手上げである。もはや偶然だか必然だか分からない。

 当初、僕が注力したのは猫の方であった。けれど、彼女の宝物は航空自衛隊の方であった。彼の話では、パーツが小さいから無くさぬようにと、本丸を猫のキーホルダーに取り付けたのだとか。大切なそれを無くして、散々探しても見つから無くて、当方に暮れて、がっがりして、しゅんとしていたのだと想い出を語った。

 ごめんな。もっと早くに見つけられたのに。触っちゃ駄目な気がして触れなかった。ほら、胸ポッケは胸にあるから。

 家族が幾度も手にしたであろうデニムのシャツ。それさえもすり抜け、猫と空自のキーホルダーは今、僕の手のひらの中に。その意味は?、いや、何でもない。深掘りするのは野暮である。彼女が無くした宝物。それを僕はポメラのケースに取り付けた。最後の手紙眠るポメラケースに。

 今、あなたの宝物は、僕が大切にお預かりしています。アナタがいつでも来れるよう、24時間、365日、命続く限り無期限で、無くしものはここにあります(笑)。その翌朝、彼女が愛したよつぼしに花が二輪咲いていた。

───完。

コメント

  1. ショートショートいいですね。小説の中で特に好きなジャンルで、昔から星新一さんとかよく読みます。ところで小説内の後出しジャンケン。登場人物の彼女の視点から見たら、返事は要らないピンポンダッシュ?な感じもしますね。ダッシュで逃げたのに大切な宝物があるなんてね。オチに笑いました(笑)

    • 嗚呼、ピンポンダッシュがイメージに合いますね。そうそう、こちらには宝物がありますからね。コレは想定外だった事でしょう(笑)。

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