───カスタードクリームで溺れた事はありますか?。
他でも無い、入所困難と地元で噂のchoux小屋のシュークリームの話である。そう、僕とは縁遠いオシャレなお店。お姉さんだけで営業しているとか、カフェが併設されているとか、人気で入手困難なのだとか。そんな噂だけが耳に入る。それ故、冴えないお爺ちゃん(僕)が入店するイメージが浮かばない。つまり、誰かにシュークリームを頂く事があろうとも、自ら足を運ぶ事などあり得ない。そう思っていた。
あの一報が入るまでは。
───来年、事務所を移転すっから。
忙しくも暇だった2021年末。
友人からのお知らせ、オープンは4月頃、場所はchoux小屋が入る建物の一角。桜満開で春雨降る三月最後の日。そろそろ頃合い。僕は友人の新しい事務所を覗きに出かけた。サプライズとか、ドッキリとか、凸撃とか言うやつだ。多分ここ、きっとここ。友人の店らしき前で僕は佇む。
───ガッツリと工事中だった。
外から店内を覗き見る。コロナの影響で工事が遅れたのだろう。よくある話だ。完成は10日後というところか。見事に空振り。すぐさまプランBへと作戦変更。新たなミッションは、choux小屋でシュークリームを買うこと。
場違いな店に、場違いな親父が、カクカクした動きでシュークリームを3個買う。1個は自分の分で、2個は大家さん夫妻の分である。簡単に言えば、家賃を払いに行くついでの差し入れ用。
───素早く、華麗に、ぎこちなく。
こういうお店は大の苦手。プランAでは、頼んで友人の娘に買って貰う計画だった。梯子が外され、あてが外れた。けれど、手ぶらでは帰れなかった。勇気を振り絞りミッションクリア。達成感の余韻に浸りながら帰路を辿る。店内撮影?、そんな事は致せません。
───3時のおやつ。
ザックザクなシュー生地を二つに割ると、中からクリーム溢れ出る。この子、コンビニの子と違う。カスタードがマウンティングマウンテン。シュークリームって…確か…中に空気層あったよね?。
choux小屋のシューサブレ(270円)
卵、牛乳、砂糖、薄力粉。カスタードクリームの基本材料は4つ。調理もシンプルで混ぜる、とろみをつける、冷ますの3ステップ。単純だからこそ奥深く難易度も高い。それは、水、塩、小麦だけで作る香川のソウルフード。讃岐うどんにも通ずる技だ。
───香りや舌触り、甘味、うま味、脂味、天童よしみ。
ザクザクのシュー生地から溢れるカスタードを逃すまい。口を近づけ一気に啜る。実にエレガントな味わいに、妄想が広がっても良さげな場面。けれどクリームが雪崩れ込んで口の中が忙しい。
───これは、まさに飲み物。
てか、息が続かない。予想を超えたクリームの量に、息継ぎのタイミングを完全に間違った。息が止まった約3秒。標準サイズのシューサブレ、そこから広大なモンゴル帝国を垣間見た気がした。
糖分の反乱、甘いの暴力、跳ね上がる血糖値。人生で初めて、僕はカスタードクリームで溺れ、残り半分(小さい方)は慎重にゆっくりと食べた。シュー生地からは、ザックザクのジオンの食感。とろける甘さの大部隊、おやつというよりお昼ご飯、その後に残る満足感。
───納得の味。
そりゃ、行列も出来るのも無理もない。
リピ確の予感しかしない。
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