───忘れもしない、1982年の深夜にその事件は起きた
「腹減った、何か食べたい」
家に泊まりに来ていた同級生が冷蔵庫を漁り始めた。ここを何処だと思っていやがる、インスタントラーメンすら備蓄してない家だぞ。自慢じゃないけど中学生がどうこう出来る食材など入っていない。炊飯器にご飯が入っていた。あ、、、、、、玉子は触るな、後で殺されっから!。
BGMにはオールナイトニッポン。ケンちゃんとってもよい子供…。鶴光のエッチなDJがこだまする。これが分かるアナタ、そりゃもう、今日から僕のお友だちです。一瞬だけ、鶴光の声に耳を奪われた隙に冷蔵庫から納豆と玉子が抜き取られた。
───おまえ、ルパンか!
不敵な笑顔がそこにあった。納豆のパッケージを豪快に開き、お椀の中に大量の納豆を流し込む。パッケージは大きな三角形のやつ。それをグリグリとかき混ぜて、禁断の玉子へ手を伸ばす。にやけ顔がサイコパスにしか見えない。
───やめてくれー!
僕の声は届かない。納豆に玉子なんてあり得ない。そこは塩でしょ?、塩ありきでしょ?。納豆の上に玉子が乗っている。無残にも潰されてかき混ぜられている。初めての光景に殺意さえ覚えた。人生経験の薄い僕にとって、その行為は熱々のご飯にチョコレートを混ぜているのと同じだった。雑煮に餡餅を入れる県民性。あり得る!。狂ってるし、狂って見えた。
───友達やめるか?、砂糖入れたら絶交だ!
そう思った。不倫という言葉すら無い時代の離婚の原因第一位。それは性格の不一致と言われていたけれど、それは強ち嘘じゃないと思った。「お前、今すぐ実家へ帰れ!」と激怒する僕に、相も変らぬにやけ顔で「まぁまぁ、これが美味いんや」
同級生は、納豆に玉子と醤油が入った茶碗を持ち上げ、猿飛さっちゃんの如く箸をかき混ぜた。時折、箸を上下に上げ下げしながら粘りの確認をしている。
今でこそ当たり前の調理法だけれど、当時の僕には悪夢以外の何者でもなかった。だってそうでしょう?、同級生は悪魔の微笑みでそれを喰えというのだ。喰えっかい、そんなの。
───こいつ、どうかしている
時刻は午前2時を回りました。丑三つ時やん…ラジオの時報が恐怖を引き立てた。
初めての玉子醬油納豆
炊飯器のご飯を茶碗に盛りつけ、その上にさっきのアレを乗せる。納豆は食べられる。嫌いじゃないし、むしろ好き。けれど、魂に刻まれた遠い憧れのように愛しい程では無い。塩以外で納豆を食べた事がない僕にとって味の予測が全く出来ない。
───ゲテモノだった
そんなもの、お前だけで食べろと。好きなんだろ?、全部喰え、喰ったら自分の星へ帰れ───僕は首を横に振った、ブンブン振った、めまいがした。
───敵もさるもの引っ搔くもの
ゆっくりと納豆飯を僕に届ける同級生。クル、きっとクル───貞子だった、君に届くと死ぬ方の。「死なないから、美味いから」そこから説得という名の拷問が始まる。
───先っぽで良いから、先っぽだけで構わないから
その勢いで「旨いって、美味いから、うまいんだから」と詰め寄る同級生がしつこい。納豆が近い、顔が近い、、、、これが後のナンパ師の手口である。どんだけ美味い、美味て言うんかな?。強靭な僕の意志が折れた。納豆を食う食わないだけの話で、朝生じゃん。80年代の田原総一朗的な感じが怖かった。
───そこまで言うなら…ひとくちだけなら
死ぬ方の貞子が僕に届く。
ひとくち喰った。死ななかった。やばい!これはハマる予感がした。ナットウキナーゼが血管中を駆け抜ける。僕の中で玉子醬油納豆ブームが始まった。けれど、玉子を減らすとお母んに怒られるし、調理が面倒臭くて直ぐに飽きた。
───やっぱり納豆は塩でなきゃ
味覚は幼少期に出来上がる、三つ子の魂百まで、納豆も人生。
そう言うことです。
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