「ラ・ブーム」の頃のソフィー・マルソーの凄さ

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スゲーんだよ、若かりし頃のソフィー・マルソーの威力って。映画館で「ラ・ブーム2」観たのだけれど、どうしてくれるんだ、この空気。俺らを潰す気?。マルソーの二つのナニに潰されながら思ったね。このまま「ラ・ブーム」が終わらなければ良いのにって…映画が終わるのが怖い…助けて。

あっ…ブームってパーティーの意味ね🥳。ラ・ブーム=ザ・パーティーみたいな。

1983年(昭和53年)3月。

僕らはフランスからやって来たソフィー・ティフン(台風)の真っ只中にいた。純白のシーツから無邪気に顔を出すコマーシャル。皆さんは覚えていますか?。映画の前にスクリーンに映し出されたカゴメのコマーシャル。

その時、確かに館内の空気が揺れた。

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「おぉぉぉぉ〜!!!」

って。

アレだ…マイティソーのムジョルニアつ〜の?、ソーが持ってるハンマー。一撃で地球を粉砕する威力を持っているらしいのだけれど、マルソーは僕らのハートを15秒で粉砕したんだ。このコマーシャルには、映画館で無ければ分からない罠が仕組まれていた。

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カゴメとソフィーが仕組んだ罠

「ラ・ブーム2」公開に先立てて、テレビでバンバン流れていたKAGOME100のコマーシャル。四角い紙パックに入ったカゴメのジュースのアレ。純白のシーツの中で目覚めるソフィーが、もうね、フェアリー、リアル妖精。

可愛い…ただただ可愛い。

無垢な美少女の目覚め。その姿はまさしく妖精。「キミは禁断のフルーツ」がぴったしカンカン。でもそこに裏は、壮大なトラップが仕掛けられてた。今思えば、対外治安総局(フランスの諜報機関)の陰謀だったのかも知れない。それにより、館内の多くの男の子が大切な何かを失う事になるだろう。そしてまた一歩、大人の階段を登ったに違いない。

1983年当時、一般家庭のテレビサイズは20型(現在の19V型)が主流だった。このサイズで禁断のフルーツを見たところでPTAからのクレームは皆無。僕らのママたちだって、きっと「あら、可愛い💕」と思って見ていた。自分の娘の影に重ねて。

それに加えてクック・ダ・ブックスが歌う「恋する瞳」がBGM。ハート型の青いレコードで話題にもなった名曲である。レコードの中心に印刷された、ソフィーの笑顔が印象的だ。

彼の歌声とソフィーの愛くるしさも相まって、いやらしさの欠片も見られない傑作コマーシャル。

ところが、このコマーシャルを劇場版サイズで観ると…大きな画面で観ると…揺れるんだよ、揺れているんだよ、ソフィーのナニが…ポヨヨン♬って。ソフィーのムジョルニアが見事なまでに揺れたんだ、純白シーツの向こう側で。ソーは1本で戦うのだけれど、マルソーは2個。その衝撃は指数関数で計測不能。揺れるものへの耐性の無い僕らには刺激が強過ぎだった。ブリンが2つ並んだだけでも妄想が止まらないのだから、

「おぉぉぉぉ〜!!!」

館内を揺らす響めきが巻き上がるのも必然。一瞬で館内の半分が一つになった瞬間。これがシンクロニシティか?。レンタルビデオさえ無い時代。そもそも家にビデオすら無かった時代。耐性無き純朴な田舎の男なら必ずこうなるし、そうなってしまう。パブロフの犬と同じで条件反射なのだから不可抗力。ここからソフィーの呪いが始まる。映画直前に入場したカップルは幸せだ。

ちなみに、前作「ラ・ブーム」の主題歌はリチャード・サンダーソンが歌う「愛のファンタジー」。この時のレコードはピンク色のハート型だった。「愛のファンタジー」は、後に韓国映画「サニー 永遠の仲間たち(2012)」に起用されていて、背中からそっとヘッドフォンを掛けるシーンがオマージュとして使用されている。このような映画を作らせたら韓国は上手だなと思った作品だ。

さて、状況を整理しよう。

「ラ・ブーム」という映画はラブストーリー。一人で観る客もいなければ、同性同士の観客も皆無。観客のバディはみんなアレなんだよ。アレばかり。ぶっちゃけカップルしか居ないんだよ、この中には。そして、映画の後の晩ご飯って決まってんだよ、その後は知らんけど…。

そんな状況下でソフィーがムジョルニアを大画面で揺らしたものだから、僕らにも増して隣に座るバディも心中穏やかじゃ無いんだよ。館内全員純真無垢なネンネだから。ほぼほぼティーンエイジャーしかいないから。思春期の東映まんが祭り、そえれが「ラ・ブーム」なのです。これこそ、性に対する情報不足が引き起こした悲劇。赤ちゃんは、キャベツ畑で見つけるかコウノトリが運んで来るもの。それ以上の真実には目を背けた少女たちの頭の中身は決まってる。

(不潔…不潔…不潔…)

ぜったい思ってるよね、バディ
ソフィー砲喰らってるよね、俺ら
今夜のディナーは…無しかな…バディ
そんなバディが今の嫁。

こんなオチは無いのだけど、若い頃のソフィー・マルソーの実力はこんな感じだった。今思えば、当時のソフィーは中学生くらいの年齢(14〜15歳)で、「ラ・ブーム」の観客の多くも中高生だったからこのような悲劇が起こったのだろう。

後日談

映画館には知り合いも来ていた。狭い町だからそうなっちゃう。後日、ソフィー砲を喰らった落武者たちが集まって、揃いも揃ってフリー宣言したのには笑えた。未だにそんな事を覚えているのだから、何だかんだ言っても、僕らにとってソフィー・マルソーは偉大な存在である事だけは今も昔も変わらない(笑)。

あのメンバーで、また、飲みに行けたら最高だ。

追記

コロナ禍の現状において、日々のニュースは暗い話題ばかり。それをブログの更新が出来ない理由にするつもりは更々無いのだけれど、アクセス欲しさにコロナや陰謀論などを書くだけのパワーは僕にはありません。コロナ問題が収束するまでは、僕らの生きた昔の話を書いてみようと考えています。同世代の皆さま、よろしければお付き合い下さいませませ。

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