愛猫サヨリのご飯は基本お刺身である。マグロ、ハマチ、ブリ、サーモン、タイ。人間様から見ても贅沢な食生活を始めてから2年以上が過ぎ去った。
───始まりは食欲不振
もうね、カリカリを食べて無くなって、ガリガリになって、肉も魚も全然ダメで、ミルクを飲むことだけが判明して。最後の賭けでお刺身を与えたらパクパクと食べた。あれは、マグロの刺身だったかなぁ〜。
小さくガッツポーズしたのを覚えている。
───サヨリは復活、財布は沈黙
なんだかんだで高齢猫さん。
冥土の土産に好きなだけお刺身を食べなさい。たくさん食べてお逝きなさい。それが始まりで未だに現在進行形。めっちゃ食べてる15歳、否、16歳。
───サヨリは今日も元気です
とは言え、一枚、一枚、アーンしないと食べてくれないお殿様。食べさせなければ、お刺身の前で永遠に待ち続ける王子様。ここは、手厚い高齢猫福祉施設で、僕はそのお世話係。こんなの、一匹だから出来るのだけれど、多頭飼いなら絶対無理な案件だ。
───可愛いの暴力がそうさせた
冬は寒ぶり。
脂の乗ったブリがお安く手に入る季節。外は寒いが財布には優しい。昨年の秋、瀬戸内では鯛とハマチが大漁だった。天然物の地魚が安くて助かった。勢いはそのままに、ブリの季節に期待した。けれど、ブリの姿がスーパーから消えた。ハマチすら見えない。
完全にあてが外れた。
最悪、ペースト状の健康缶とかメルミルの高齢猫用の選択肢も考えなければ。このタイプのキャットフードもたまに与えている。だから実績に問題はなかった。価格面でも有難い。けれど、加工食品ばかりなのも何かと心配でもある。
自然のお魚、どこかに無いかな?。
瀬戸内産 真鯛をゲット!
この冬、瀬戸のブリは不漁だと話題になった。否、無理矢理に話題にした。情報の誘導である。どこかで眠る秋の鯛を探すために話題を振りまく。事務のお姉さん筋の情報によると、結構な量のハマチが死んだらしいとの事。
僕は残念だというオーラーを全身から滲ませた。こんな時は、残念オーラが奇跡を呼び込む事を経験上知っていたからだった。残念の撒き餌だった。
───お魚好きなんですね、うち、鯛で良ければ余ってますよ
そう、事務のマダムに話しかけられた。一本釣りが見事に成功。ファーストインパクトで鯛ゲット。サヨリさんてば鯛なら火を通しても食べられる子だった。蒸した鯛ならパクパクと食べる子だった。もうね、前世は財閥の御曹司なのだろう、ボラなどに見向きもしない。
───よかったら分けて欲しいですな
僕は即答で返す。
よほど嬉しそうな顔をしていたのだろう。二つ返事で鯛の段取りをしてくれた。大きな鯛が一匹もあれば、サヨリさんの一週間分のご飯が確保される。
鯛なんて滅多に食べさせられないけれど、白身魚に飽きないか?、お腹を壊したりしないかな?。マグロやハマチは食べ慣れてるから心配ないけど、鯛の場合はどうだろう。後は野となれ山となれ。
まずは、良かった、良かった。
そう、頭の中でサヨリさんの事を考えていると、鯛の調理法の話題になる。僕が食べるわけではないのだから、蒸し料理以外の選択肢はなかった。それは、クックパッドで調べた方が早いですよ、マダム。
─お酒のおつまみにするんですか?。焼くの?、煮るの?、お刺身でも食べられると思う
──蒸すだけですよ、猫のだから。
─猫のだから?
──そう猫のだから
─猫のご飯?
──そう、猫のご飯
─猫が鯛ですか?
──いや、猫の鯛
─…ん?
一瞬でその場の空気が固まった。彼女の脳内では、数十万円もする猫がイメージされた模様である。ベンガル、ペルシャ、マンチカン。いえいえ、うちの子、その辺でうろついてるのと同じキジトラです。
──へぇ。そんな事もあるんだ。猫ちゃん大事にしてるんですね。猫にお刺身なんて都市伝説かと思ってた。猫が大好きなんですね。
─猫の事はそれほど…
溶けかけた空気が更に固まる。謎の違和感を残し、僕はそのまま事務所を後にした。旦那との今夜の酒の肴くらいにはなるだろう。来週、鯛の切り身がサヨリさんの元へ届けられる。
しばらくは安泰である。
鯛だけに。
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