畑は心のレッドブル

自家菜園

───去年の夏と秋、心の何処かに余裕があった。

何故なにゆえそうだったのか?。

人間だもの。漠然とした不安など誰にでもある。ウクライナ、コロナ、不景気、政治への不信・・・ネットとメディアの煽り運転が冷めやらぬご時世である。不安があって当然だ。しかし、あの頃の余裕の正体とは何か?。そこには夏への希望の糸口があった。

───強靱な肉体には強靱な精神が宿る。

筋トレをしている人は鬱になりにくいのだと言う。それは科学的にも証明されていて、本能レベルでそうなるのだそうだ。その正体は、人類の脳深くに刻み込まれた生存本能にある。生存確率と言うべきか?。

───鍛錬を積んだ人間は俊足である。

野生生物、天変地異、人為的攻撃、そしてゾンビ。自然界において鈍足は致命傷。筋トレ勢は危険からの逃げ足が速い。つまり、どんな状況からでも逃げ切れられる。必然的に上がる生存確率。アベンジャーズ以外、全員敵。何なら敵とも喧嘩上等。そこから産まれる余裕である。そこに理屈など無い。マッチョは本能レベルで強いのだ。

───という事は、僕は畑で鍛えていたから?。

それとは少し違うと思う。野良仕事にも多少の筋トレ効果があったと思う。けれど、そんな感じの余裕じゃない。たぶん僕は逃げ遅れる側。もっとこう、根本的で、ドンと来い的な安心感。僕の不安の底に根付くもの。近い将来、必ず起こる南海トラフ巨大地震である。それはアナタも同じでしょ?。コレばかりはかなりヤバい。地位も、名声も、富も無い、僕の切り札は畑であった。

───畑に行けば、そこには野菜。

夏と秋、畑には危機に対する備蓄があった。僕の畑は山の中腹に位置し、マンションよりも天空の城である。だから津波の心配がまるでない。うちの畑が海水に流される規模ならば、そりゃもう、僕だってタダでは済まない。そんなアルマゲドン的発想はアベンジャーズにお任せるに限る。考えるだけナンセンスなのだから。

地滑りが発生したとて、まわりのプロ(農家)と手を組めばどうにか出来る確信ある。そこは、ガキの頃からの付き合いがモノを言う。最悪、水が無くても水分補給は野菜で取れる。状況が落ち着くまでナスや胡瓜を囓って凌ごう。畑は巨大な備蓄倉庫。だから数日くらい生きていける。なぁ〜に、周りはみんな、痩せても枯れても さいとう・たかをの「サバイバル」世代!。

───そんな意識が何処かにあった。

なのに今の畑に何も無い。何となくの心細さはそのせいか?。二月は逃げるで、春はもうすぐ、加えて今日もサヨリは元気です。タネも買った、土も買った、育苗場も準備した。この夏は胡瓜を多めに植えて、トマトも失敗しないように育てよう。野菜が余っても行き場ならある。ワーちゃん、ユッキー、待ってなさい。

───心配ごとなど何も無い。

初めての菜園で育てたのは野菜と余裕。金は無いけど仕事ならある。根拠なき安心感。そんな気分にさせてくれる。ブログネタ欲しさに始めた畑にこんな効果があっただなんて。畑が心のレッドブル。やるだけやった地力を信じて、この夏、畑をガンガン回そう。なんたる前向き。

───春が楽しみ(笑)。

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