───瀬戸芸始まったな。
瀬戸内国際芸術祭、略して瀬戸芸が4月14日(木)より開催された。春は5月18日(木)まで。コロナも心配だけれど、経済も回せるものなら回したい。日々の動向を伺いつつ、マスクと手洗いで対処するしか無いのだろう。
夏もすぐそこ。
───夏の足音が聞こえ始めると、思い出すドラマがある。
あの子は、今も芸能界で活躍しているのだろうか?。仕事仲間も同じ事を口々言う。10年ほど前に見たドラマ。たぶん再放送だったと思う。夏、海、砂浜、島、セーラー服…記憶の断片を繋ぎ合わせる。職場のテレビから、毎日、流され続けたドラマだった。町おこしで散々見せられたドラマ。
───井戸端会議が開催された。
僕のデスクはテレビとは背中合わせだった。だから、ガッツリ見ていたわけでは無い。けれど、女子高生役の子が可愛らしかった。そのイメージだけが記憶に残った。
───見たら分かるけれど、顔が思い出せない。
ぼやっとした記憶が気になり始める。喉元まで思い出しているのに思い出せない。仕事仲間も思い出せない。アレとソレとでは埒が明かない。そこから一歩が踏み出せない。これじゃ業務に戻れない。
───スマホでググってよ。
モヤモヤを解消するために、僕らはググっる事にした。全員がボケた気がする恐怖もあった。高齢者の心はナイーブなのだ。けれど、それはよくある日常だった。
───ドラマの題名は満場一致で砂時計。
砂時計+ドラマの検索キーワードでリサーチを開始する。あれ?、全然違う。見知らぬ俳優の顔ばかりが並ぶ画面。リメイクした方が人気が伸びたのだろう。新しいドラマの気もしていたけれど、もっと古いドラマだったのかも知れない。大丈夫か?、俺ら。
自信が無くなり場がざわつく。
───さらに深く調べ始める。
結果も違えばストーリーも違う。主人公の少女は聾唖者で手話の場面が多かった。小学生時代、高校生時代、成人時代の三部構成で、成人時代の彼氏役はドラマ版セカチュウのスケちゃんだった。そこに僕の記憶違いは無い。
「ちょ、ちょ、それホント?」
「たぶん…自信なくなるやん」
不気味な絶望感が、その場を支配した。
───世界線ずれた?、マンデラエフェクト?。
マンデラエフェクトとは、事実と異なる記憶を不特定多数が共有している現象である。科学用語では無くネットスラング(俗語)。軽く狐に摘まれた気がしたけれど、狐だってそこまではしないだろう。そうあって欲しい。仲間たちの顔色も明らかにおかしくなってゆく。
「病院行くか?」
「冗談でも言わんといて!」
───嗚呼、気持ち悪い。
各々が記憶の中から追加キーワードを探す───瀬戸芸。大事な事を忘れていた。どうして見ていたのか、なぜ仕事中にテレビが見られたのか。それは、ドラマのロケ地が地元だったからだ。
「あー」
「そうね、そうね」
「ロケ地どこやっけ?」
「あっこや、あっこ」
「小豆島のエンジェルなんちゃら」
劇場版セカチュウのロケ地巡り。その盛況ぶりに味をしめた香川県。そう、二匹目のドジョウ。地元ロケが行われたドラマのチェックは社会人の義務だった。なんせ香川はうどんと観光の町なのだから。キーワードに「小豆島」を追加してGoogle検索を再開させた。
砂時計じゃ無くてラブレター
───ビンゴ♪。
ドラマの題名が違っていた。
「砂時計」では無く「ラブレター」だった。マンデラエフェクトでは無く、ただの記憶違い。つまり、ボケである。ほっと胸を撫で下ろすアラ還チーム。
「この子、この子」
「レオちゃんじゃ無くてリオちゃんやった」
「大きくなったねぇ〜」
奇妙な緊張感が解けたと同時に、親戚んちの娘さんの話でもしているように場が和む。
───知ってる、それ、嘘でしょ?。
各人がスマホから何かを検索しながらその場を別れた。平静を装いながらも納得していないのである。己の記憶の確認作業…。
───夏が近い。
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