───動け、動け、動け、動いてよぉ~!
微動だに出来ない、動かない、動けない。なる人もいれば、ならない人もいる。心地よい眠りを妨げる厄介な現象。現在は睡眠麻痺、昭和の頃には心霊現象。そう、金縛りです。
───つまりは、脳の錯覚
僕だって金縛りの一つや二つ経験しました。青い春のダンスの頃に数回。初めての金縛はビビります。少し前まで小学生だったのですから尚更です。しかし、慣れると何もせず、往なす事を覚えます。我ながら賢明な策。
───あの日の金縛り以外は
はい来ました金縛り。でも、今日のはいつもと違う。僕の足首、誰かが掴んでる。長くて細い指で握り締めてる。どちら様?。
───ちょ、ちょっと待てよ!
キン、キンと鳴るたびに両肩に掛かる圧。図太いクギを打たれている感覚。尋常ではない緊張感。全身から吹き出す冷たい汗。恐怖と焦り。そして、両足に喰い込んだ細い指が、僕の体を一気に引き抜く。僕の体から僕が引き抜かれる感覚。僕の頭が僕のお腹に差し掛った時。そこからの記憶はありません。
───目覚めると朝でした
こんな話。誰にもしません。親にも兄弟にも言わない。頭がおかしいと思われるだけ。ただ、当時の親友にだけは伝えていました。彼も同じ体験を持つ人間だったのです。そして、あの惨劇が起こりました。
───後の激おこぷんぷん丸事件です
呪いのファミリースタジアム
───忘れもしないおニャン子とスケバン刑事が流行った1986年
掛布、岡田、バース、阪神タイガースが優勝した翌年の夏。ファミコンにも野球の嵐が渦巻いていた。そう、ファミリースタジアムである。僕と友人は、毎日のようにファミリースタジアムで対戦をしていた時期である。そう、一緒にUFOを目撃した彼。
数回の対戦を終え、友人は疲れたと言って寝込んでしまった。彼が寝ていたのはわずか20分。僕は独りでファミスタをしていた。二十歳前の男二人。外も暑いがこちらはもっと暑苦しい。ミーンミンミンミン、ミー。蝉時雨高まる中、微動だにせず眠っていた友人が飛び起きた。
───ぬしゃ、何で助けてくれんやった!
鹿児島弁が木霊する。
え、オレ?。あちらもパニックなら、こちらもパニック。訳が分からない。僕の前には、顔を真っ赤にした激おこぷんぷん丸。それでも理由が分からない。セミの声よりも激しく怒鳴られる。いつもの穏便な彼からは、想像できない怒りっぷりに腰が引けた。僕の背中で何があった?。
「どーした?怖い夢でも見たか?」
僕はなだめるように聴いた。
「お前の名前を呼んだのに、どうして起こしてくれんかった!!!」
赤い顔が更に赤くなる。今になって思えば、若いってのはエネルギッシュなものだ。そこには、怒りを通り越した何かがあった。ちなみに、鹿児島の知人から「おいどん」「ごわす」という言葉を耳にした事は一度もない。
「はぁ?そんなの聞いてないし」
ブラウン管の向こう側。次のバッターはオズマ。僕はコントローラーを握りしめ冷静に答えた。行き場を無くした彼の怒りの矛先は、事もあろうか僕の部屋の畳に向かう。畳からすれば巻き込まれ事故。
───畳を叩くな。畳が傷む。今は畳の方が心配だ
アレだぞ、畳が傷がついたら困るから。引っ越す時に敷金返って来なくなるら。それは、次の敷金礼金に当てるんだから。下手すりゃ身代金まで要求されるから。不動産バブルを舐めちゃいけない。
───だから畳を叩くなって
そう思いながらも畳の音はヒートアップ。バンバン、ドカドカ!。もう、どうにも止まらない山本さん。狙い撃ちされる畳が不憫に思えた。暫くすると、彼は天井をぐるりと見渡し僕を直視した。
───よせやい、て照れるぜ
大きく息を吸い、大きく口を開き、彼は鬱憤を吐き出した。
「俺は、さっきまで金縛りにあってたんやぞ!」
───お前はナッパか?
いくらお互いに金縛ラーだつっても、僕はそこまで分かる人じゃない。ちゃんと言ってくれるなり、ちゃんと暴れてくれるなり、そうしてくれないと分からない。だってそうでしょう?、僕は今、金縛りよりもファミスタで忙しい。オズマが僕を待っている。
「お前のオカンとちゃうし!」
「ぬしゃ、オイの友達だろうが!」
しばらく続く鹿児島弁と讃岐弁の鬩ぎ合い。
彼の怒りは収まらない。収まらないワケも分からんでもない。仕方なく僕は折れた。晩飯奢るから手打ちにしてくれ。うまいぞぉ~、いつもの定食屋のいつものハンバーグ。味だっていつもの。今日は、新しいジャンプの日!。
ハンバーグとジャンプで怒り収まる。子どもは子ども。ようやく落ち着きを取り戻した彼に、僕は、一言だけ要望を伝えた。
「すまんがオレ、冝保愛子ちゃうから」
───嘘のようなホントの話
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