一人暮らしから生まれた幻のカレーライス

80年代の終わりの頃。ガンダムならZZ、仮面ライダーならBLACK、スケバン刑事なら風間三姉妹編、ドラマなら男女七人夏物語。全国的にウェイ、ウェイなバブル期の筈なのにバブルの恩恵など見た事もなかった。あんなのは都会の幻想で田舎者には無縁なのだろう、女子大生を除いては。というより、高校を卒業したばかりの僕はそれどころでは無かったのだ。

初めての掃除、初めての洗濯、初めての自炊。

───一人暮らしの幕開けだった。

二十歳前の若造に襲いかかる難問の数々。彼女なし。その最初に訪れた試練は洗濯である。当時の洗濯機は2層式が主流で寮も例外なくそれである。使い方は知ってる。洗濯物を入れて、スイッチを押して、洗濯機が静かになったら洗濯物を脱水槽に移し替える。バカでも出来る操作手順を復唱し迅速に事を運ぶ。

───完璧である。

部屋に戻り、そんなぶらり散歩気分で浅香唯のスケバン刑事を鑑賞し、脱水をしに洗濯室に戻って青ざめた。だってそうでしょう？、洗濯室の床一面が泡だらけ。洗剤を多く入れ過ぎたのだ。

「せからしか! きさんら許さんわい!」なんて見てる場合じゃなかった。こりゃマズい！、先輩らが怖くてダッシュで掃除に取り掛かる。一瞬、寮母さんと遭遇したのだけれど、「あー、みんなやっぱりやるのねぇ〜ルンルン♪」と言い残し、その場から立ち去ってしまった。

バブルの恩恵ならぬ、バブルの洗礼である。

───同時期、僕はカレーにハマる事になる。

食べる方ではなくて作る方。

しかし、最初は食べる側だった。

3つ年上の先輩がカレー作りにハマっていて、カレーを作るたびに呼び出されたのだ。先輩の命令は絶対である。そしてカレーの後は朝までドラクエ。そんな生活が続いたものだから、いつしか僕の中からカレーに金を払うマインドが消滅し、今日もサヨリは元気です。

───自分で作るか。

見よう見まねで作り方は分かってる。材料もレシピもインプット済み。学科はオッケー、実施のみ。自分で作った料理は何でも美味しい。それはアナタも同じでしょ？。何度もカレーを作る間にオリジナルの型も決まる。メインの具材は豚肉と混合ミンチ。最初にペイスト状になるまで玉ねぎを炒める。その後にニンニク、ミンチ、ジャガイモ、玉ねぎ、豚肉の順番で炒めて水を投入する。

───具材に火がとおったらルーの出番。

当時の僕の調合は、ハウスジャワ（辛口）とグリコワンタッチカレーを1対1の割合で混ぜ合わせる。ルーが溶けたら止めのバターを添えて。これが普通に美味いのだ。その日の気分で肉をシーフードにしてみたり、ニンニクを多めに入れみたり、色々やった記憶ある。その中でも別格のカレーが出来た事が一度だけあった。

調合はいつもどおり。なのにそのカレーには翼が生えていた。美味しいじゃなく、んめーなのだ。記憶の糸口を摘んでみる。状況はこうだった。季節は2月。食べたのは僕と一緒にUFOを見たジュンちゃんの二人である。普通にカレー作って、普通に食べて、普通に満足した翌日の出来事。ストーブの上に鍋を乗せ、水分が無くなるたびに水を足した。

───ナンかあるね？。

薩摩隼人のジュンちゃんからご飯の催促だった。「昨日のだけど、カレー食う？」そう訊くと、二つ返事でスプーンでカレー皿をチン♪と叩いた。黙って僕は、冷や飯にストーブの上のカレーをかけた。冷えた手のひらが皿の熱で温まる。

「ん？」

「ん！」

聞こえるのはスプーンと皿とが当たる音だけ。お前ら蟹でも食ってんの？。そんな異様な静けさが続く。

───シェフを呼べ！。

と舌が叫び、沈黙は尚も続いた…。けれど、小さな鍋の中の魔物を捕らえたと確信した。今でも思う、コイツは貞子よりも強い。彦摩呂なら宝石箱から貞子出すレベルでまいうーなのだ。

「俺、これ喰い終わったらカレー屋やるわ」

「やれ、やってくれ！」

自画自賛、頂点の味だった。

何が良くて何が悪いのか。あれから何度もチャレンジした。チャレンジを続けるうちに、市場からグリコワンタッチカレーが姿を消す。それと同時にあの日の味の再現は不可能となった。

ブログに書く事は無いけれど、今でも得意料理はカレーライスでカレー屋になる気は全くありません（笑）。