小説版 キャリー(1975)を読んで

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キャリーはテレビで何度も観た。ストーリーも頭の中に記憶している。そんな僕が、とある理由から小説版 キャリー(1975)を読み始めた。小説版の前に、思春期に観た映画版キャリーは避けて通れない。ちなみに一切のネタバレは無いのでご安心を。

1977年、『キャリー』上映。キャッチコピーは「キャリーをいじめないで!彼女が泣くと恐しいことが 起こる……」ちなみにこの年の日本レコード大賞は『勝手にしやがれ』───ジュリーである。その当時、僕はテレビで『あらいぐまラスカル』を見ていた小学生だった。

キャリーがテレビに登場したのは3年後の1980年。松田聖子がデビューし、山口百恵が引退した年。ルービックキューブ、なめ猫、竹の子族───聖子ちゃんカットとテクノカットが街に溢れた。ビデオデッキは数年先で、情報源はテレビとラジオ。見るもの聞くもの全てを記憶するしか無かった。つまり、テレビを見るのは真剣勝負だった。

───その頃、貞子は井戸の底で不幸の手紙を書いてたのだろうか?

もうね、観ましたよ月曜ロードショー。壮絶なイジメも、おかんの狂気も、ジョン・トラボルタが起こす舞踏会の夜の惨劇も───全ては、ラストへ向けた壮大なマクラ。

───映画館で、こんなの観たら心臓が止まるわ!

だってそうでしょう?、あんなの最後に見せられたら…普通にトラウマ。ホラー耐性ゼロだった僕は、後に訪れる尿意に怯えるもう中学生だった。

あれから何度もテレビ放送され、貞子ほどでは無いにせよ、キャリーの名前やストーリーを知る者は多いだろう。そして、アナタもそのひとり?。そんなアナタは友達です。

あれから40年の時を経て小説版 キャリーを読了。読み始めた切っ掛けは、原作者 スティーヴン・キングへの興味から。モダンホラーの帝王の文体に触れたかった気持ちが大きい。スラスラと3日で読み終えたキャリーの感想は後悔の念だった。

───もっと早く読んでいたら、女子に優しくできたのに

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小説版『キャリー』の感想

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい───。映画の100倍───色んな意味で胸に刺さった。ごめんなさい───。

シャワー室、初潮、いじめ、毒母、異常な信仰心、プロムナイトの夜、豚の血、チェンバレン壊滅───物語にラストは異なるものの、映画版と小説版との大筋は同じだった。

それは、最悪ではじまり、最悪で終わる少女の物語。映画と同じ道を小説版でもキャリーは歩む。救いなど何処にも無かった。彼女の気持ちを思えば胸糞でしか無かった。しかし、活字を読むと学びも多い。映画との差は描写の深さ。それだけでも一読の価値はある。男子なら尚更だ。

ニュース記事、落書き、科学年鑑、関係者の証言、ニュー・イングランドAP電、ホワイト委員会報告、手紙───。

別々の切り口から、それらが、たがい違いに並べられ、パズルのピースを埋め込むが如く、キャリーという物語は進められてゆく。Amazonレビュー等で「キャリーが読みにくい」「感情移入がし辛い」と書かれる所以はそこにある。

小説版キャリーの流れは、少し特殊である。でもそれは、普段から慣れ親しんだネットニュースから情報をかき集める行為に似ていた。小さくて短い文章のブロックの連続。短いだけに読み易く、長文が苦手な僕でさえ違和感無く読めた。

───繋がった!

分散した情報がひとつに纏まって行く過程も新鮮。読書暦が浅過ぎて比較出来る作品も無いのだけれど、ホラーというより、海外の推理小説にありそうな手法にも感じた。各方面の主観が入り乱れリアリティが増した。

そして───くどい迄に描かれる少女たちの細かい心理描写。

もうね、冒頭30分だけでお腹いっぱい。「スティーヴン・キングは女か?女子なのか?」───本を開いて3分で疑う。ハイスクールのシャワー室を、あそこまで細かく想像できる男はそうそういない。いるとしても───いや、何でもない。

その答えは本文の後に書かれた『訳者あとがき 永井淳』と『解説 風間賢ニ』で明らかにされる。

わたしをそれに巻き込み───ついでそこから救い出したタビーに捧げる

新潮文庫『キャリー 』スティーヴン・キング 永井淳 訳 3頁より引用

献辞に記されたタビーとは、キングの愛妻、タバサ夫人である。キングがゴミ箱へ捨てた三枚の原稿を読み上げ、キングに続きの執筆を即した人物でもある。キングは多感な少女の気持ちは書けないと拒否したが、タバサ夫人はキングにこう言い放つ。

「わたしが女だってこと忘れてない?。なんでも聞いて」

新潮文庫『キャリー 』スティーヴン・キング 永井淳 訳 『解説P370』より引用

───女神かよ。

ハイスクールに通う女子生徒の揺れる───否、荒れる心理を描く。そ難題は、彼女の全面協力により完成の日を迎える。キングの処女作にして、後に、モダンホラーの帝王と呼ばれる作家、スティーヴン・キングの誕生の瞬間だった。

───それは、キャリー・ホワイトの悲しい青春の物語

諦めの人生から一転、クラスの人気イケメンからプロムに誘われたキャリー。戸惑いながらも徐々に希望を持ち、自立の道を選択するまでの過程。それはシンデレラストーリーだった。その部分だけ切り抜けば、普通の思春期の少女の物語だった。念動力さえ持っていなければ、毒母さえいなければ、トラボルタがあんな事をしなければ───キャリーの未来は大きく変わっていたのかも知れない。

キャリーがオカルトやホラーでは無く、青春ドラマだと語られる所以もそこにある。だから男性は読んだ方が良い。読めば分かる。出来るだけ若いうちに読んでおくべきだと、正直、僕は思う。

勿体ない───人生を損した気分になった。聞くに聞けない、知りたくても知れない、シンデレラゾーン。男子の思考とは全くの別物。キャリーには、そんな少女の想いが存分に込められていた。尿意に怯える中学生だったあの頃───読むべきだったと切に思う。映画では伝わらない乙女心が、ディズニーパレードのように行進していた。

───東京リベンジャーズ

僕がタケミッチなら、今からでもナオトと握手する。1980年に戻り、青い珊瑚礁流れる宮脇書店でキャリーを買う。速攻帰って、僕の本棚に並べられた眉村卓と新井素子の間にキャリーを挟んで現代に帰って来るよ。

読了後、中学生の僕は頭抱えているだろうけれど、きっと将来役に立つ。中一時代より、基礎英語よりも、全然、ずっと、役に立つ。少なくとも女子への理解は深まっただろう。言葉遣いや立ち回りも変わっただろう。

気づかなければ───それまでだけれど。

そして今、『解説』で紹介されたキングの『書くことについて』に目を通している。おやおや───少年スティーヴン・キングがクローゼットの中で───。

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