貞子VSゲンちゃんうどん

木曜日(雑談)

  木曜日は雑談の日。だから、今回も作文の練習をしようと思う。僕にはゲンちゃんうどんのキャラがあるから、有名人がお客さんに来たら? そんなイメージで書き進めてみよう。今回は、リングの貞子で(笑)

☆☆☆☆☆☆☆

 わたしは呪った。

 わたしを苦しめたあの人を、母をいじめたあいつらを、この国の人間を、全世界の人類までも。わたしは、この世の全てを呪っている。深くて冷たい井戸の底から呪い続けた。呪いのビデオに恨みを込めて……。ビデオからDVD。DVDからネット動画。わたしだって、時代に合わせて進化している。そうやって、今の地位まで上り詰めた。それが、ジャパニーズホラーの女王の座。これが、わたしの勲章だ。加耶子と白塗り坊やなんかと同じにしないで。ジャパニーズホラーの世界では、わたしだけがナンバーワンだ。

 なのにアイツ、何でなの?

 セクシー動画を見ようとして、呪いの動画を見たアイツ。久しぶりのご指名に、心を躍らせて一週間待った。そして、今夜の零時が、久しぶりの出勤日。わたしの胸は躍っていた。胸の高まりを抑えきれない。子宮の震えが止まらない……。

 早朝、井戸の水で身を清めた。自慢の髪に櫛もとおした。ほんのり地雷メイクは気まぐれだった。わたしの身が整ったのは、午後十二時を少し回ったころ。いいの……わたし、一週間待ったから。だから十二時間なんて、瞬く間なの。その間、井戸の底から這い上がる練習をして待つの。

───そろそろね。

 ゼンマイ時計の針が午後二十三時四十四分を指している。わたしは、彼のテレビの向こう側から、スタンバイして時を待った。

 あと、三分、二分、一分。

 ほっほー!ほっほー! っと、ゼンマイ時計から飛び出す鳩。同時にテレビ画面が明るくなった。画面にノイズ混じりの井戸が映る。我慢の限界を突破して、高揚感に包まれながら……これから、わたしは貞子を演じる。今から、彼を呪いにゆく。待ってなさい、本当の恐怖を味わわせてあげる。

 わたしは貞子───ジャバニーズホラーのクイーンなの。

 ゆっくりと、わたしは井戸の淵に手をかけた。一か所欠けた井戸の淵。井戸から身を乗り上げて、わたしはゆっくりと立ち上がる。白いドレスの汚れを気にしながら……。わたしだって女の子だ。幾つになっても女の子だ。服が汚れるのは好きじゃない。

 画面の向こうの彼は、微動だにしなかったわ。そうよね、みんな……そう。真田広之だってそうだった。お楽しみはこれからよ。存分に恐怖を味わえばいいわ。ネットでコソコソとセクシー動画なんて見ているからこうなるのよ。そんな男は地獄で懺悔しなさいよ。この、クズ童貞がっ!

 わたしの指先がテレビのフレームに触れた。もう一度。お楽しみは、ここからよ。わたしは女優の演技に徹した。セクシーじゃない女優に徹した。

 あら、嫌だ。わたしの指先が荒れているわ……爪の手入れもしないと……。

 テレビから這い出して、徐々に彼との距離を詰めてゆく。もうすぐよ、さぁ、恐れなさい。泣きわめきなさい……そして、己の愚行を後悔しなさい───すべての人類はわたしの敵だ。

 えっ……ちょ、ちょっと!!!!

 彼は太い両手で、わたしの顔をロックした。そして、自慢の髪に手をかけた。や……やめて。わたしは心の中で叫んだ。そうだった……わたし……何十年も声を出してない。

「うぃ……」

 この言葉が、わたしの口から飛び出した。無意識だ。どうやって出したのかも覚えていない。すると、彼がニヤリと笑った。泣きわめきたいのは、わたしの方だ。青臭い童貞の笑顔が気持ち悪い。

「可愛い声だね。それ、アーニャの真似?」

 アーニャ? なにそれ? キャバクラの子? わたしは彼の目を睨もうとした。これでアンタも終わりだよ、この素人童貞がっ! あの世でキャバ嬢と遊んでな。

「どうした、どうした、美人さんじゃねーの? 名前、なんつーの?」

 ……これが……ナンパ? 一瞬、わたしが目を伏せると、彼はわたしの長い髪を首の後ろにまわした。すると、わたしの視界が明るくなった。世界がこんなにも明るかっただなんて……。わたしの顔が……丸裸。羞恥心が、指先から子宮の中まで、わたしの肉体を駆け巡る。

「黒髪のポニーテール。これ、めっちゃ似合うじゃん? ね、ね、テレビから出てきたけど、もしかして、貞子タン?」

 貞子……タン?

 目の前の童貞野郎に、わたしは小さくうなずいた。彼はわたしの髪を輪ゴムで止めた。更に、わたしの顔があらわになった……はずかしい……。

「井戸の中って寒いんだろ? まだ三月だもんな。よーし! ちょっと待ってろ」

 わたしの肩に着ていたジャンバーを優しくかけて、彼は厨房の中に姿を消した。どれだけの時間が過ぎたのだろう……たぶん、五分くらいだったかしら……。

「これ、食って帰れ。あったまるぞぉ(笑)」

 あったかい……。

 わたしの手のひらに、どんぶりの熱が伝わった。そして、割り箸を開く音。

───パリっ!

「ほら、箸も」

 彼はどんぶりの上に箸を乗せてほほ笑んでいる。わたしは、そんなに軽い女じゃない! アンタなんか、今すぐ呪い殺してやるんだからぁ。再度、わたしは彼の顔を見る。

「俺の顔、食ったって美味くないから。ほら、うどんが伸びちゃうから。うちのうどんは世界一だ。味わって食ってくれ(笑)」

 誰が童貞の顔なんて食べるものかっ!

 彼はわたしにうどんを勧めた。わたしは麺を一本だけ口に入れた───お・い・し・い。わたしは井戸の中で何も食べない生活をしていた。何十年ぶりかの温かさ……わたしの目から涙がこぼれた。でも、これは涙なんかじゃないんだからねっ! そう、井戸の水が目にしみたんだ。アンタの命は、もうすぐ終わるのっ!!!

 彼の顔をチラ見すると、満足げなほほ笑みだった。

 わたしはうどんを食べた後、ようやく重い口を開いた。

「わたし……怖くない?」

 わははははははは!!!! 田中角栄のような、豪快な笑い声で笑う。言っときますけど、わたしは普通だったら後期高齢者なの。読者はそこは察しなさい───呪うわよ。

「怖いって? こんな美人を? んなワケない。そんなことより、ゲンちゃんうどん。また、おいで(笑)」

 わたし、何だかバカバカしくなって、ゲンちゃんと一緒に笑ってた。てか、恥ずかしくてゲンちゃんの目が見られなくなった。あの日から、わたしの人生が一変したの。でも、不思議だった。普通じゃないでしょ? わたしもだけれど、ゲンちゃんも……。

 わたし、見てた。ゲンちゃんの店のテレビ越しからずっと見てた。テレビの裏側からゲンちゃんの姿を眺めてた。だって、わたしの職業って幽霊みたいなものじゃない? だから、ずっと暇なの。呪わないから余計に暇なの。そしたら、先週、見ちゃったの。それですべてが理解できたわ。ゲンちゃんの強さの秘密みたいな何かを……。

 だって、そうでしょ? ベジータさん、おうどんを食べながら号泣してた……。

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