───今日は充実した一日だったよ、あのコマーシャルが耳に届くまではな。
布団をこじ開けないと起きられぬ朝。気合いと、根性と、カラ元気を総動員して仕事場に入る。とっとと片付けて、さっさと帰ろう。事務所を守る愛猫サヨリの顔が頭に浮かぶ。おじいちゃん猫だから、早く行って暖かくしてあげないと。
───すぐ行くから待ってなさいよ。
体のエンジンを徐々に回しマックスまで引き上げる。やらないと終わらない。ゾーンに入ればこっちのものだ。良い感じに体が暖まった頃、僕の背後で異変が起きた。
───ドンドン、バンバン喧しい。
「おかしいな、おかしいぞ?、スッキリが映らない!」テレビ画面が真っ黒で修理中の音である。テレビが壊れたのなら消せば良いのに。
みなさんは、あまりご存じないでしょうけれど、ブラウン管テレビは背中を叩くと直ります。ドンドン、バンバンはしばらく続き、やがて静かになった。作業場に静寂が戻り、テレビの音だけが大きく響いた。不意打ちからのカウンター。そして僕は壊れかけた。
───あ、、、やばい。
テレビから流れたコマーシャルの歌詞に僕の心臓をブルンブルンと揺さぶられる。この瞬間、全国で10万人くらいが泣いたと思う。
───わがままになるし
・・・彼女か?。
───ずっと寝てるし
・・・違うな。
───動きがゆっくりだし
・・・猫か?。
───日なたから動かないし
・・・猫だ。
───哀愁すごいし
・・・凄い凄い。
───リアクション薄いけど
・・・だよなぁ。
───年をとるほど可愛くなるから
・・・あ。
いーけないんだ、いけないんだ、おじさんの涙腺傷つけたぁ~。
あれは地獄です、生き地獄です。だってそうでしょう?、涙腺から溢れ出る体液を自らの意思で止めるのです。胸底から突き上がる感情を押し殺すのです。それは神から人類だけに許された行為。
───そう、涙です。
4千万年という長い年月を掛け人類が獲得した感情表現。その自然の摂理に僕は一瞬でも逆らったのです。何事も無く作業しているように見えて、その裏側では大変な事態が起こっていたのは、みなさんのご想像のとおりです。
覚えやすい歌詞。ピクミンみたいなメロディーと優しい歌声。それが何度も頭の中でリピートされるのですから、そりゃ、たまったものではありません。
良きコマーシャルだけれど朝は厳しい。こういうのは、深夜にしんみりと流してくれると有難いなぁ。切に願った午前9時。
───もう、帰りたい。
昼休み返上で、今日のノルマをやり切ったのは言うまでも無くて、今日もサヨリは元気です(笑)。
コメント
感情に反する行為。よく耐え抜いて頑張りましたね。確かに良いコマーシャルなんですけどねぇ。夏の朝より冬の朝は、更にキツいですね。心の中まで冷たい風が吹き抜けて身にしみる‥。これね、深夜は深夜でダメですよ。寝付きが、とても悪くなるの。目を閉じれば昔、ウチにいたにゃんこの姿が見えてくる。ず~っとね、瞼の裏から消えてくれない。意外とピュアで、思春期よりも繊細で、傷付いたら大変なんだから、このお年頃は‥。
毎日可愛がってやらねばですね。散々可愛がってやります、後悔なきように。