「お前もひとつ、選んでみるかい?」
じいちゃんの気まぐれがブランド商品を生み出した。
草刈り、摘果、袋掛け。五月に入ると親戚の桃畑が忙しい。昨今の人手不足と農家の高齢化問題とが相まって、中二になった俺にもお鉢が回る。日曜日なのに桃畑。脚立の上で桃の実を間引く。遊びに来ていたオッツーまでもが脚立の上で汗を流す。なんか……すまんな、オッツーよ。
オッツーが行くのなら、コイツが来ないワケがない。もれなくツクヨもついてくる。赤い長靴に麦わら帽子。一瞬で畑のアイドルの座を射止めたツクヨは、動物園や水族館にでも来たかのように、キャッキャと桃畑を満喫している。相も変わらず自由な奴じゃ。
そこで、じいちゃんがツクヨに桃を包む袋を渡したのだ。赤いマジックで〝つ〟の文字を丸で囲んだツクヨ専用桃袋。
「じいちゃん、そこのちいさいの。ちがう、ちがう……そこのこっちのぉ!」
どっちだよ?
ツクヨが選ぶ桃の実にじいちゃんが袋を掛ける。翌月、それがそっくりそのまま我が家の食卓に並んだ。自分が選んだ桃の出来栄えに、ツクヨの顔がデレデレだ。ガキの頃から食べ慣れた桃を齧って我思う。
ひとこと言ってやりたいのだが……うまい。
「なぁ、オカン? おっちゃんちの桃って……こんなに、うまかったっけ?」
これまでと、あまりにも味が違うのだ。糖度が一気に上がったような、味に深みが増したような……俺のそんな発言に、家族全員が激しく同意した。
同日同刻、じいちゃんも桃の味の異変に気づいていた。これぞ、飛川家のシンクロニシティ。すぐさま、ツクヨが選んだ桃を持って叔父の家に出向いたそうだ。そこでツクヨには、うまい桃を選ぶ能力があるのではないか? そんな仮説に達したらしい。
翌年も、その翌年も。袋の数を増やしながら、ツクヨが選ぶ桃を市場に流して反応を調査した結果。高確率でうまいことが判明した。糖度計で測定してもあからさまに糖度が高い。とはいえ、幼児が適当に選んでいる桃なのだ。根拠など何もない。けれども叔父は勝負に出た。
「お宅のツクヨちゃんのブランドを立ち上げたいのだが……構わんか?」
と。
そうやって誕生したのが〝ツクヨちゃんが選んだ桃はいかがですか?〟という名の桃である。ちなみに命名したのは俺である。人気ラノベのタイトルからヒントを得て。限定、三百個。価格は驚愕の五割増し。パッケージのツクヨの愛らしさと桃の味とが評判となり、ツクヨの桃は飛ぶように売れた。毎年成長するツクヨちゃんの写真が楽しみで……と言うお客が売り上げの六割を占めた。そうなれば俺にも分かる。これは鉄板商品であるのだと。
中二になっても、ツクヨは五月になると桃畑。大人になった俺だって、当たり前のように桃畑。一向に農家の人手不足が解消されないのだ。で、ツクヨのうまい桃を選ぶコツが気になった。まさか……女の勘だけで選んでいるワケでもなかろうに?
「なぁ、ツクヨ。どこを見て、桃の実を選んでいるんだ?」
超能力者でもあるまいに、何かの根拠があるはずだ。まぁ、作家になった俺としては、小説の肥やしにでもしてやるさ。
「見てるんじゃないの、感じるの……」
お前は、いつからカンフーマスターになったんだ? ブルースか? まさかお前……ブルースなのか? なぁ、ツクヨちゃん。否、ツクヨさん。叔父さんには漠然すぎて、君の言ってる意味がさっぱり分からない。
「そうじゃなくて、摘果している全員がツクヨの目利きを理解したら、おっちゃんだって喜ぶだろ? 全部の実がうまくなるんだから。そうなったら、桃の御殿が建つかもよ?」
「桃の御殿……つまり……お金持ち……にゃははははは」
桃の頂点を極めた乙女の返事をじっと待つ。心弾むようなホトトギスの音色に耳を傾けながら……。しばらく桃の枝を眺めながら、少しほくそ笑んだ顔をしながら、ツクヨはようやく口を開いた。その指先が、数メートル先の桃の実を指さしている。脚立の上からじいちゃんが、サッとその実に袋を掛けた。するとツクヨは、じいちゃんに向かってニッコリと頷いた。なんだよ、それは? もはや、阿吽の呼吸の完成じゃないか?
「心眼を開くと、おいしい桃が語りかけてくるの。そうなるようにサヨちゃんも、日々精進してくれたまえ。さすればきっと、桃の方から招待状を授かるだろう……にゃははははは」
にゃははははは───じゃ、ねーし!
「お前はいつから預言者になった?! 何トラダムスだよ、ツクトラダムスか?」
俺のツッコミなんてどこ吹く風で、ツクヨはとても楽しげだった。思春期の不敵な笑顔。その理由が判明したのは、桃の出荷が始まって間もなくのことである。
「サヨちゃん。スーパーでツクヨちゃんの桃を見つけたの。ちょっと見て見て、今年のパッケージ───笑いますわよ」
ゆきのスマホから送られた桃のパッケージ画像には、桃を持つツクヨの笑顔。その隣にオッツーの笑顔があった。もう、こんなの誰が見たって───やっぱ、お前ら付き合ってるだろ? なのである。
それは、ツクヨがオッツー家でシチューを食べた翌月の出来事であった。そして、今夜も我が家はシチューらしい。台所からトントンと玉ねぎを刻む音。ツクヨが今日も張り切っている。
「にしても……このリズミカルな音。ツクヨの包丁さばきが上手くなった証拠だな。俺も頑張って書かないと、頑張ってる姪っ子に笑われちまう」
執筆の合間に食べた桃の味。それは、例年にも増して激甘だった(笑)
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