高二の昼休み。
ゆきがアケミの教室に遊びに来た。その目的は、アケミと一緒に食後のデザートを食べること。それは、特別なことでなく、週に何度も行われている女子会のようなものであった。俺とオッツーにとっては、アケミがゆきの教室へ来てくれるほうが有難かった。ゆきの隣は俺たちの教室だからな、おこぼれデザートにありつけるのだ。今日は、アケミの教室か……非常に残念に思いながら、俺とオッツーはゆきの背中を見送った。
「ねぇ、ねぇ、アケミちゃん。これ、どこから食べる?」
ゆきは、カバンの中からお菓子の包みを取り出した。
「あー、ひよこ! 九州のお土産? ひよこって、福岡だっけ? 東京だっけ? どっちでもいっか。このお菓子、可愛いよね」
ひよこを手に持って、再度、ゆきはアケミに訊いた。
「そうなの、この子、可愛いの。いつも考えちゃうの。どこから食べればいいのかな? って。はい、どうぞ」
そう言うと、ゆきはアケミの手のひらにひよこを乗せた。すると、お菓子なのに、ひよこが見上げているように見える。この形状を考えた人物は罪づくりの天才だ。脳が可愛いと認識した者は、食べ辛いの呪縛に落ちるのだから……。
「あ、サンキュー! 言われてみれば、そうだよねぇ。今まで考えたことなかったかも? そうだねぇ、私なら、頭からガブっと食べちゃうかな? お菓子だし。どこから食べても同じでしょ?」
手のひらのひよこを、アケミはマジマジと眺めている。
「えーーーー!!! それって、ひよこちゃんが可哀想くない? なんだか残酷だと、わたしは思うの……」
ゆきは慈愛の人であった。未だ、ゆきのひよこは包装紙の中である。
「でも、食べるんでしょ? 結局」
アケミの発言も正論である。結局、食べてしまうのだから。ひよこの運命も時間の問題なのである。
「うん、食べるよ。おいしいから」
ゆきは笑顔でそう言った。
「矛盾してるねぇ」
「矛盾してますねぇ」
ふたりは顔を合わせて笑い始めた。
「だったら同じでしょ? 頭からでもお尻からでも」
「そ、そっかなぁ?」
腑に落ちないゆきを横目に、アケミはひよこを頭からガブリと食べた。それを見て、ピクピクとゆきの頬が痙攣している。頭が消えたひよこを見つめて、アケミは〝推し〟の想い出を語り始めた。
「私さぁ、腐女子じゃん? だから、推しに命懸けてるじゃん? で、たまーにね、困るんだわ。プリせんを貰うとさぁ……」
「何よ、それ?」
お嬢様のゆきには、プリせんの意味が理解できない。
「島秀のサービスよ、プリせんつーのはね。正式名称、オリジナルプリントえびせんべい。えびせんべいにさ、何でもプリントしてくれるサービスなのよ。写真だってプリントできるって凄くない?」
「わぁ~! それは凄いね、アケミちゃん。ところで、島秀って……島秀えびせんべいの、島秀? てか、これ企業案件?」
そんなワケがない。
「そう、そう……でね、私らってイベントあるじゃない? 同人の。その時の差し入れにね、私の推しキャラの顔をプリントしたせんべいをくれたりするわけ」
半分残ったひよこを口に放り込んで、アケミはスマホを取り出して写真を見せた。そこには、イケメンの顔が表示されている……二次元の。
「これ凄いねぇ、でも、だから? イラストでしょ?」
ゆきはアケミの真意が理解できない。もし、自分がもらったら、うれしいとさえ考えていた。
「わたしはね、推しの養分になりたいの。なのに、推しが私の養分になってどうすんの? ってね……いつも悩むの……」
スマホに表示された推しの顔を、じっとアケミは見つめている。
「あら、それは大変ですわ。でも……結局、食べちゃうんでしょ?」
ゆきとアケミとの会話が逆転した。
「そうなんだよねぇ、結局、食べちゃうんだよねぇ~」
ゆきは思った、結局、食べるのか……と。
「矛盾してますねぇ」
「矛盾してるねぇ」
再びふたりは、顔を合わせて笑い始めた。それは、旅乃琴里が俺のブログに降臨する年の、三月三日の出来事であった。
高校からの帰り道。ふたりはツクヨとバッタリ出会った。今日は桃の節句である。だから、ツクヨにもお裾分け。
「ツクヨちゃん、手のひら出して(笑)」
小さなもみじのような手のひらに、ゆきはチョコンとひよこを乗せた。
「ゆきちゃん、ありがとう! 可愛いねぇ~。ねぇねぇ、ここで食べていい?」
今日も元気いっぱいツクヨであった。
「いいよ」
ゆきがにっこり笑顔で答えると
「食え、今すぐ食え!」
アケミがツクヨを軽く煽る。
ふたりはツクヨの反応に興味津々なのである。
頭から? それともお尻から? さてどっち(笑)
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