「オッツー、おいで!」
オッツーは、アケミの犬かよ?
ホワイトデーの前日、俺とオッツーが昼休みの弁当を満喫し終えると、疾風の如くそれは起こった。
「え? オレ?」
「いいから、おいで!!」
アケミとゆきがオッツーを連れて教室から出ていったのだ。あの雰囲気から察するに、オッツーが何かをやらかしたのだろう。もしくは、アケミとゆき。どちらかの地雷を踏んだってところだな……お気の毒。
でもそれは、親友の一大事。俺は教室の窓から頭を出して廊下を覗く。すると、廊下の隅っこでアケミが身振り手振りで話をしている。オッツーは頷くだけだ。どう見ても、アケミにとっちめられている感じである。その内容が気にはなるのだけれど、俺はアケミたちに近づくことはしなかった。廊下から三人を見ていた桜木が首を横に振ったからだ。この場面で桜木に従わないほど、俺だってバカじゃない。俺はオッツーを見守るだけだ。無事な生還に期待する…。
「サヨっち……帰りにオレと付き合ってくれないなかな?」
教室に戻ってきたオッツーの顔が深刻だった。困り果てた顔をしている。
「いずこへ?」
「ホワイトデーの……」
「あの……伝説のホワイトデーぇ?! それって、イケメンだけが悩む日だろうが?」
そうなのだ。てか、そうだった。俺たちにとって、これまでホワイトデーなど無縁であった。そんな俺も、下駄箱に入れられた謎のチョコを思い出す。でもあれは、差出人不明だから……返したくても返せないけれど……。きっと、誰かが間違って入れたのだろう、食べたけど。
「ツクヨのか?」
心当たりは、それしかない。
「そうそう、ツクヨっちの……」
やっぱりな、富士山アポロのお返しか……。明日がホワイトデーということすらも、俺たちはすっかり忘れていたのだ。ツクヨの心を傷つけぬように、それを見越してアケミがゆきと釘を刺しにやってきたのだ。こいつらは、こいうところはキッチリとしている。ツクヨの叔父として、ふたりに感謝する場面だな…後でお礼を言わないと。
「だったらさぁ、帰りにコンビニで買えばいいじゃん?」
俺は即答した。
「それはダメって、アケミに言われた。ちゃんとしたところで、ちゃんとしたのを買いなさいって。アケミに言われた……ちゃんとしたのって……何だよ?」
俺が知りたい!!!
ホワイトデーのお返しに何を買うのかも問題だけれど、それを買うハードルだって、そりゃ相当なものだ。お返しを買うのが恥ずかしいのだ。言い換えれば、俺たちがブラを買うとか、エロ漫画を買うレベルの恥ずかしさである。今現在、この場において、何処の店で買うかなんて決まっていない。けれど、おっさんが店員さんであることを切に願う。
「何を買うのか、ネットで調べようや。お返しにも、まぁ、色々と意味があるらしいからな。下手すりゃ自爆してしまう案件だ」
もはや、何を買うのか? 俺たちが進む道は地雷原。ここは慎重に丁寧にだぞ、オッツー。
「サヨっち、ホワイトデーだからホワイトチョコは?」
それはアリだな。
スマホで調べると、俺の背中から嫌な汗が流れた。
「ちょっと待て……これ、あかんやつや。チョコレート返しは〝あなたの気持ちは受け取れません〟って意味らしい……微笑み返しのようにはいかんのだな……」
「サヨっち! だったら、マカロンはどうだ?」
そんなの、何処で覚えた?
「これ、本命って感じで書いてある。オッツー、お前……幼稚園児と付き合うつもりか? 俺の姪っ子の彼氏になるのか?」
「幼稚園児とそれはない!」
キッパリ断言されると、なーんか腹が立つなぁ……。
そんなワケで、俺たちの昼休みはホワイトデーのお返し探しで消え去った。結局、無難なクッキーで話しがまとまったのはホームルームの後であった。アケミにコンビニを封じられた俺たちは、帰り道……いや、家とは真逆の商店街のケーキ屋に行くことになった。そこは、俺のママ友が営む店である。そう、俺の仕事のツクヨの幼稚園のお迎えで、知り合ったママ友の天井さん。事情を話せば、みんなに黙っていてくれるだろう。だから俺は、事前にスマホで連絡を入れた。念には念をなのである。
「ホ……ホワイトデーのクッキーありますか?」
あるに決まってんじゃん!
入店するなり、オッツーの顔が真っ赤である。その気持ちを我が身と思えば、なんとなく理解もできる。慣れないというか……気恥ずかしいのだ。
「はいはい、飛川君から話は聞いてるわよ。ホワイトデーのクッキーね。マカロンもあるけど? マカロンも人気よ。ツクヨちゃんも喜ぶわよ(笑)」
オッツーの顔が更に赤くなる。
天井さんの当店自慢のマカロンに、オッツーの心が揺れているように見えた。けれど、ツクヨが大きな誤解をしては大変だ。ここは、無難にクッキーで。
「クッキーでお願いします、天井さん。ホワイトデーの包装もよろしくです!」
モジモジしているオッツーに代わって、俺が天井さんにクッキーをお願いした。今の俺とオッツーとは一心同体、支払いを済ませて早く帰ろう。久々の共同作業に、俺たちは妙な連帯感を感じていた。
「ありがとうございました。頑張ってね、オッツー君(笑)」
天井さんの満面の笑顔に、俺は明日のツクヨのお迎えが不安になった。
「は……はい……」
オッツーは気の抜けたコーラのような声で返事をした。
「いえ、こちらこそ。行こう、オッツー」
「お、おう」
店を出るなり、深呼吸するふたりであった。
「ぶふぁ~……外の空気が美味いな、オッツー」
「緊張したぁ……空気って、味があったんだな。サヨっち」
冒険のアイテムを手に入れた喜びと達成感。壮大なミッションをクリアして安堵している俺に、オッツーがクッキーを差し出した。
「じゃ、明日、ツクヨっちに渡しておいて」
その笑顔がやり遂げた雰囲気を醸し出すのだが、今日じゃない。やり遂げるのは明日である。
「それはダメじゃ」
「何でじゃ?」
じゃ? じゃねーよ!
「これ、オッツーが直接ツクヨに渡さないと、今日の百倍になってアケミの雷が落ちてくるぞ」
「うっ……」
オッツーの顔でスキップしていた笑みが何処かへ消えた。
「でもさ、どこで渡す? 幼稚園のお迎えで渡すのか?」
ツクヨのお迎えには行くのだが、あの子の前でつーのも何だかなぁ……。
「幼稚園は忍ちゃんの目があるからなぁ……俺、あの子が苦手なんだわ。言葉遣いがキツいじゃん……」
「せやな……」
どう考えても、家で渡すのが安全だ。オッツーだって、人目を気にせずクッキーを渡せる。
「明日、俺んちでゲームしようぜ。その時に渡せばいいだろ?」
「うぃ!」
オッツー初めてのホワイトデーは、こんな感じで幕を開けた。もちろん本番は明日なのだけれど。
家に帰るとツクヨが俺を出迎えた。
「サヨちゃんおかえり。わたしのオッツー、なにかいってない?」
「いや、別に……」
俺は、今日の出来事を話さなかった。
「ふーん……そう」
ツクヨはそう言うと、自分の部屋へ戻っていった。小さな背中が黄昏て見えた。黙っているのが可哀そうに思えたけれど、今日のところは我慢、我慢。これは、意地悪ではなくサプライズである。
明日が楽しみだな、ツクヨっち(笑)
「オッツー! クッキーありがとう。いまからツクヨとカクトウやろう」
「うぃ!」
翌日、ツクヨにクッキーを渡せたオッツーは、超絶ご機嫌さんのツクヨと格闘ゲームをし始めた。ツクヨはオッツーにお任せで、俺は今日のブログ記事を書いている。のんは、バレンタインに誰かにチョコをあげたのだろうか? そして今日、そのお返しをもらったのだろうか? 今の俺にはどうにもならない。そんなことを考えながら……。
こうして、俺とオッツーのドタバタホワイトデーは無事に終了した。そして、オッツーの年中行事に〝ホワイトデー〟が組み込まれたのは言うまでもない。
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