さよなら忍ちゃん

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 ツクヨ、小二の春休み。

 ツクヨの顔から、いつもの笑顔が消えていた。今にも泣きそうな顔である。俺はツクヨに問いかけた。

「どうしたぁ? 腹でも痛い?」

 ツクヨは首を左右に振った。どうやら深刻な悩みらしい。

「お前、もしかして……いじめられてんのか?」

 一瞬、ツクヨの瞳孔が開く。そうなのか? いじめなのか?

「忍ちゃんが……」

 毒舌の、あの子ならやりそうだ……。いじめだろうか? 喧嘩だろうか?

「忍ちゃんが、福岡に行っちゃうの……明日、お引っ越しなの……」

 そう言うと、ツクヨは大声で泣き始めた───春の風物詩、転校である。

 翌朝、ツクヨと俺は忍ちゃんへ挨拶に出掛けた。お別れの挨拶である。

「ツクヨから話を聞いて、挨拶に来ました。今まで、ツクヨと遊んでくれてありがとね(笑)」

「こちらこそ、わざわざありがとうございます」

───うわぁ!!!! どうした、何があったんだ! 忍ちゃん。

 忍ちゃんの返事に、俺は動揺を隠せない。てっきり〝なんや!〟ってぶった切られる覚悟を決めていたのに、どうしたよ、キャラ変か? 次の小学校で、いい人デビューでも目論んでるのか? 俺が混乱していると、忍ママが俺たちにお茶とお菓子を持ってきた。

「飛川君、ツクヨちゃん。今日はありがとね。離れちゃうのが寂しいわ……今日は、忍と遊んであげてね」

 ツクヨと忍ちゃんは、手に手を取って公園に遊びにいった。ひとり残された俺はというと、場がもたなくなって、何故だか引っ越しの手伝いをしていた。

「サヨっち、何やってんの?」

 段ボール箱をトラックの前まで運んでいる俺に、オッツーが声をかけた。

「忍ちゃんちの引っ越しの手伝い」

「引っ越しかぁ……じゃ、オレも手伝うよ!」

 なんてお前はいいヤツなんだよ。

 だけれども、別に引っ越しセンターの人がやってくれるから、何もしなくてもいいのだけれど、何もしないのも居心地が悪くて、成り行きに任せてやっていたのだ。とはいえ、運び屋人員がふたり増えたことで、積み込み作業が半日で終わった。

「ふたりとも、ご苦労さん」

 忍パパに連れられて、うどん屋ゲンちゃんでお昼ごはんをごちそうになった。引っ越しセンターの人たちと、ツクヨと忍ちゃんも一緒にである。

「わたし、オッツーの隣がいい!!!」

 え? 忍ちゃんは……放置ですか?

 有無を言わさず、ツクヨはオッツーにベッタリだ。必然的に、俺が忍ちゃんの相手をする形になった───この子はやっぱり苦手である。俺は、ちょっとした罰ゲーム気分でうどんを啜った。

「これは積まないんですか?」

 アパートに戻ると、オッツーが電動自転車を指さした。それは、前後に大きなカゴのある赤い塗装の自転車であった。

「これは最後に積もうと思って」

 忍ママは、そう言った。

「福岡ですか? 遠いですね……」

 俺が忍ママに話しかけると

「そんなことないわよ、近いじゃないの(笑)」

 遠くを眺めながらそう答えた。きっと、忍ママも寂しいのだろうな……俺はその時、そう思った。

「最後だから、自転車はオレが」

 大きな自転車をオッツーがひょいと担ぐと、引っ越しセンターの人から拍手が沸いた。電動自転車って、重いんだな……知らんけど。

 そして、お別れの瞬間がやってくる。ツクヨと忍ちゃんとの涙の別れ。ほんと……あれって、ドラマと同じなんだよな。遠ざかるトラックの後を追って、忍ちゃんちの自動車が発進すると、ツクヨが泣きながら追いかける。後部座席の窓にへばり付いて、ツクヨに向かって手を振る忍ちゃん。それを見ていたオッツーも涙目だ。苦手な子なのに寂しい気持ちに俺はなった。その晩、ツクヨの元気は戻らなかった。

 その数日後。

 俺たちは、見てはいけないモノを見た。見てもいいけど、三度見するくらいのモノを見た───あの赤い自転車が、俺たちの前を走っている。

「引っ越しの時はありがとねぇ(笑)」

 先に声をかけたのは忍ママである。俺とオッツーは目を合わせる。だって、そうだろ? 福岡だもの。新幹線で行く土地だもの。自転車で忘れ物を……なわきゃねぇ~か。

「あのぅ……福岡へ転勤でしたよね?」

 お化けの顔でも見るように、恐る恐る俺は訊いた。

「そうよ、福岡町だけど? 知ってるでしょ? 食べたことあるでしょ? 枡うどん。新居は、その近くのマンションよ。あ、飛川君ちに忍がお邪魔しているから、よかったら遊んであげてねぇ~」

 コロコロとした声でそう言い残し、忍ママはスーパーの駐車場へと姿を消した。それ以降、通常の自転車の三倍の速度で疾走する忍ママの姿をチョイチョイ見かけた。忍ママの実家がこっちなのだから、そりゃそうなる。その度に、忍ちゃんは我が家に遊びにきているのだ。学校以外で、彼女たちの付き合いは同じであった。

「なぁ、オッツー……この距離で、あんな感動的な別れ方って……ある?」

「オレもビックリしたわ。あのふたり、今生の別れみたいだったもんな……」

 俺たちは大きな勘違いをしていたようだ。忍一家の引っ越し場所は、高松市の地図を見れば一目瞭然。福岡県じゃなくて福岡町だった。つまり、俺たちがチャリで飛ばせば、10分圏内への引っ越しであった。

 ちなみに、カノンと俺が忍旋風に巻き込まれるのは、彼女が高校生になってからである。

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