五月の第三日曜日。
雲ひとつない青空の朝。アヤ姉は忙しかった。とても、とても、騒がしかった……てか、やかましいんじゃ! 日曜だってのに、オトンを交えた大騒ぎには理由があった。今日はツクヨの運動会なのだから。てか、俺の朝飯まだかいな……?
田舎の小学校の運動会は家族を交えて行われる。うどんにタコ焼き、焼きそばにポップコーン……縁日のように屋台まで立つのだから、さすがの俺も「昭和かよ?」って、ツッコミのひとつも入れたくなるのだが、俺にも運動会の出番があった。オッツーが仮面ライダーに扮してヒーローショーを行うのだ。アケミとゆきの進行に従い、ライダー姿のオッツーが主役を張る。俺と桜木はショッカー隊員の役どころ。そんなショーの直前に、ツクヨには大きなピンチが訪れていた……。
「忍がいなくなって、ざんねんだったな! よそもんのくせに、えらそうにすんなや!」
県外から来たツクヨは、いじめのターゲットになっていたのだ。そんなツクヨを幼稚園時代から守っていたのが忍であった。その忍が春に転校したのは、前週お伝えしたとおり。気の強いツクヨだけれど、男子五人に囲まれれば、どう足掻いても勝ち目はない。それでもツクヨは立ち向かう。
「忍ちゃんは、ちかくにいるもん! いつだってあえるもん!」
ツクヨは口で立ち向かう。
「なにが〝もん〟だよ! おまえ、なまいきなんや!」
リーダー格の大柄な男子がツクヨの肩を強く押した。その勢いでツクヨは転んだ。それでもツクヨは泣かなかった。声を荒げることもしなかった。だがしかし、ツクヨの怒りは頂点に達した。
「これいじょう……わたしをおこらせないでよ!」
「へぇ、おこったらどうなるんや?」
男子はニヤニヤしながらツクヨをからかう。
「わたしをおこらせたら……へんしんするよ」
ツクヨの目はマジであった。本当に変身しそうなオーラを放つ。
「やってみろよ! まほうしょうじょにでもなるんか?」
まったく男子は動じない。馬鹿にした目でツクヨを笑う。
───オレは一号だから、ツクヨっちは二号な。オレの名前を叫んでから、この変身ポーズを取るんだぞ。きっと、二号ライダーになれるから(笑)
ツクヨは、オッツーとの会話を思い出していた。そして思う。これからわたしは、二号ライダーにへんしんするのだと。
「わたしのオッツー!」
ツクヨは、腹を決めて大きく叫んだ。
「オッツーだって? なんじゃそりゃ? わははははは……」
男子全員が爆笑した。
爆笑などお構いなしに、ツクヨは左手を真横に伸ばし、右手を胸の前に添えた。そう……これは、一文字隼人の変身ポーズ。お見せしよう……仮面ライダー!
「へんーーーーーーー!」
「ライダーーーーへん!」
真っすぐに伸びたツクヨの両手が、ゆっくりと弧を描く。すると、二歩、三歩と男子全員が後ずさりした。ツクヨの背後で別の変身ポーズを取る影があったのだ。それは一号ライダーの変身ポーズ。
「「しん!!!」」
ツクヨが変身ポーズを決めた瞬間。ツクヨの背後で〝ギュィィーーーーン!〟とタイフーンが鳴り響く。ツクヨが振り向くと、そこに一号ライダーが立っていた。仮面もスーツも本物にしか見えない。しかも……でかい。
「じゃ、これから悪をやっつけよう、二号ライダー!」
一号ライダーがツクヨの肩を叩いてそう言うと、男子五人は蜘蛛の子を散らすようにツクヨの前から姿を消した。
「……オッツー?」
ツクヨは一号ライダーを見上げて問いかける。
すると、仮面のクラッシャーがガシャンと開いた。そこから、人間の口が顔を出す。そして、仮面を脱いだ正体は、みなさんご存じオッツーであった。
「わたしのオッツーぅぅぅ!!!!」
オッツーの顔を見て緊張感が途切れたのだろう。ツクヨは泣きながらオッツーに抱きついた。オッツーはツクヨを抱き上げて、肩の上に座らせた。
「ツクヨっち。オレ、これからステージあるんだ。一緒にやる? 仮面ライダー」
何事もなかったように、オッツーはツクヨに問いかける。
「うん、やる!」
オッツーはーツクヨを肩に乗せたまま、ステージに向かって歩き始めた。カッケーな、オッツーよ。とうに開演時刻を過ぎているのだが……。
───同時刻、ステージの上。
主役不在のライダーショーは、混乱の最中にあった。ある意味で、こっちもピンチだ!
「オッツー、何やってんのよ? アンタらさぁ、これどうするつもり?」
アケミの怒りが頂点に達し、ゆきはオドオドし始めた。
「僕が十五分くらい場を持たせますから、アケミさん、適当に合わせてください。飛川君も、適当に〝キーキー〟ってやってください。では、ステージへ参りましょう。ゆきさんは彼に連絡を取り続けてください」
何故、この絶体絶命に桜木は動じないのか? オッツーが必ず来ると信じているのか? だが、俺の予測は違っていた。桜木は、まったく別のストーリーを描いていた。
「ふははははは……お前ら全員、秘密結社ショッカーの改造人間にしてやろうか?」
どこから声を出しているだろう? 桜木はデーモン閣下のような低い声で、ショッカーの解説をし始めた。蝙蝠男から始まり、今は蜂女の話をしている。講談師のような巧みな話術で気づかなかったが、これ、オッツーがいつも読んでる〝仮面ライダー大図鑑〟を朗読しているのにすぎなかった。この場において、最も恐ろしいのは桜木であった。最悪、桜木はこれで乗り切るつもりなのだろう。鬼気迫る解説に、もう一息で最前列の子たちが泣きそうだ。
「ようやく姿を現したかっ! 一号ライダー!」
桜木が指さす方から一号ライダーが歩いて来た───肩にツクヨを乗せながら。子どもたちが振り向くと、ギュィィーーーーン!と、腰のベルトが雄叫びを上げた。ホッとしたのか? ゆきはその場でしゃがみ込んだ。
「出たなショッカー! 今日は二号と戦うぞ、覚悟しろ」
オッツーが台本にないセリフを吐いた。
「おーっと、仮面ライダーの登場です! よい子のみんな、ライダーを呼んでみて。変身するわよぉ~」
アケミがアドリブでその場を合わせる。俺はキーキー言うだけだ。
「へんーーーーーしん!!!」
オッツーの肩の上、ツクヨが二号ライダーのポーズを決めた。その日を境に、ツクヨに対するいじめは消えたという。ダブルライダーになりきるふたり。それを見ながら全身黒タイツの俺は思う───絶対お前ら付き合ってるやろ!?
コメント
更新応援です良い週末を!
ありがとうございます(笑)