ゆきは密かに目論んでいた───静かに……その時を待っていた。わたしはブログの女王になるのよ……と。そう、新たなる自分を目指して、己の可能性を信じて、ゆきは高校デビューを画策していたのだ。
公園の桜の木の下で、それをアケミに語るゆきの姿があった……。ぽかぽかとした春の日差しに桜の花は満開であった。
「マ、マ、マジでぇ~! 私、ゆきちゃん応援するよ」
ゆきのビジョンにアケミの鼻息が荒くなる。アケミの瞳は、子どもがおもちゃを手にしたような、ギラギラした眼差しであった。
「だったら、これからサヨちゃんのライバルね!」
ゆきのブログに便乗して、アケミは遊ぶ気満々なのだ。
「そんなんじゃないわよ、アケミちゃん。わたしはね、何かの女王になりたくなっただけ」
ゆきは首を横に振る。ゆきの眼中に三縁の姿はなかったのだ。三縁のアクセスなど、投稿初日で出し抜くつもりなのだから。それだけ、JKブログの需要にゆきは確信を持っていたのだ。つまり、ゆきのライバルは全国のJKブロガーのみである。
「でも、サヨちゃんと同じ土俵に立つんでしょ? だったら、サヨちゃんだってライバルじゃないの? てか、普通はね。女王になりたくなったって……そんな理由で誰もブログなんて書き始めないわよ」
アケミは素直な気持ちをゆきに言う。どこの中学生が女王の座を狙うというのだ。でも、ゆきならやってのけそう。そんな期待をアケミはしている。
「そりゃ、そうなるけど……そっか、そうなるんだね。やっぱ、そうだよねぇ~」
アケミの言葉にウンウンと、ゆきは首を縦に振る。
「で、何のブログを書くつもり?」
アケミはゆきのブログテーマに矛先を向けた。ブログとはテーマありきであり、アクセスをけん引するのがテーマである。テーマをしくじるとアクセスに悪影響を及ぼす。それをアケミは熟知している。アケミはブロガーではない。けれど、中学時代から小説投稿サイトへ作品を投稿していた。だから、アクセスに関して敏感なのだ。そんなアケミも今ではBL界隈で、一目置かれる存在だった。それがアケミの正体である。
「そうねぇ……ジュリアーノとかお庭の噴水とか……」
「そこは慎重に決めるべきよ、ゆきちゃん。そこ、割と大事だから」
アケミはゆきに助言する。
「あ~、タピオカ飲みた~い」
ゆきは急に喉が渇いたようだ。
「私もぉ~。ゆきちゃん、後でタピりに行こね」
「うん!、アケミちゃん」
話題が突然変わるのは、この年頃ではよくあることだ。
「でね、アケミちゃん。わたし、春休みの間にアクセスアップの勉強を沢山したの、ブログのよ。でね、何を書いたらいいのか分からなくなっちゃった」
何事もなかったかのように元の話へ復帰するのも、この年頃ではよくあることだ。
「最初はさ、日記からでいいんじゃない? ゆきちゃんは、シン・女子高生だもの。嫌でも誰かに読まれるわよ。カブトムシとは違ってね」
カブトムシとは、三縁がブログで使っているハンドルネームである。
「そうね、カブトムシとは違うもんね。でも、カブトムシのブログって、割と人に読まれているみたいよ。不思議よねぇ~。アイツのブログが大好きな、のんちゃんって子の気持ちが分からないなぁ~……確かに面白いことを書くけどね」
「噂をすれば、カブトムシのお出ましよ」
アケミの指さす方から、ボサボサ頭の三縁がツクヨを連れて歩いてきた。姪っ子ツクヨのお世話は、彼の姉から依頼されたバイトである。ツクヨをブランコに座らせると、三縁はツクヨの背中を押した。シルエットだけなら父娘のようである。そこへアケミが駆け寄った。ゆきはアケミの背中をゆっくりと歩いて追う。
「あら、子守? お疲れちゃんね」
アケミが三縁に声をかける。共に中学の卒業式以来の再会だった。
「おう、久しぶり。元気だった?」
「てか……何よ、その頭。アフロヘアで入学式に出るつもり?」
三縁は天然パーマである。散髪を怠るとアフロヘアになってしまうのだ。
「散髪なんか、入学式の前日でいいじゃんよぉ~。天パに悪人はいないって言うし……」
三縁はツクヨの背中を押しながら、面倒くさそうに返事をする。ツクヨは全自動ブランコに、ご満悦の笑顔である。
「アケミちゃーん、ゆきちゃーん! げんきだった? わたしのオッツーは?」
ふたりに気づいたツクヨが今日一番の声を上げた。ちなみにツクヨは、サラサラおかっぱストレートヘアである。そして、前髪の長さに極めて敏感な少女であった。日々、ツクヨの前髪はミリ単位で調整されているのだ。
「ツクヨちゃん、こんにちは。ごめんね、オッツーは知らないの。それはそうと、ちょっとアンタに話があるんだけど」
アケミは、すぐさま本題に入る。
「何だよ? 金なら無いぜ」
危険を察知した三縁は、アケミに巨大な釘を一本刺した。
「そんなんじゃないわよ。ゆきちゃんがね、高校生になったらブログデビューするんだって。アンタさぁ、先輩として何か助言しなさいよ」
「ブログ……ねぇ……」
三縁の顔色が微妙に曇る。
「サヨちゃん、わたしね。何から始めたらいいと思う?」
ゆきが三縁に質問する。三縁は思う……それが分かれば苦労はしないと。
「まぁ……書くことかな? 先ずは書くこと、そして書くこと」
三縁はポツリとそう答えた。それは、ふたりの予想に反した回答だった。北斗神拳の奥義のようなモノが、三縁の口から飛び出すのを期待していたのだ。
「だから、具体的に言いなさいよ。何かあるでしょ? 無想転生とか?」
「ねぇ~よ……」
三縁からの返事がそっけない。アケミは軽くいら立ちを覚える。そして、アケミは勘繰った……コイツは何かを隠していると。
「わたしね、ネットでブログのアクセスアップの記事を読んだのね。書いている意味は分かるのよ。でもね、具体例がないというか……その記事に魅力すら感じないの。月間50万PVとか、今月の売り上げは500万円だったとか。お正月に酔っぱらって自慢話を始める叔父さんと同じ感じなの。あれって、ホントのことを書いてあるの?」
ゆきは三縁に、悶々としている疑問をぶつけた。
「俺ならそんな記事は書かないな。例え事実でもそれはしない。だって、そうだろ? 何で、赤の他人にそんなことを教えるの? あれもアクセス稼ぎの記事なんだよね。別名、素人ホイホイ。その証拠に〝アクセスアップの秘密を無料で公開‼〟って、あっただろ? あんなのに引っかかったら、こっちの個人情報を闇の組織に無料で公開するようなもんだよ。後で後悔したって取り返しがつかないからな……」
三縁の言葉に、ゆきの瞳孔がカッと開く。
「ねぇ、サヨちゃん……わたし……」
ゆきの口調に三縁は察した。こいつ、やらかしたな……と。
「もしかして……ゆきちゃん……やったんか? 素人ホイホイされちまったんか?」
ゆき急に慌て始めた。
「どうしよう、どうしよう……」
見る見るゆきの顔色が青ざめた。顔面蒼白のお手本のようだ。
「そんなん、メアドを捨てれば済むだけやん。メアドも高校デビューさせちゃったら? ゆきちゃんのメアドが変わったら、俺にも教えてな。オッツーと桜木にも教えないと」
サラリと三縁は、ゆきに対応策を伝授した。
「流石ね、カブトムシ。ところで、どうやったらいいのよ、ブログのアクセスアップ?」
アケミが本丸へと話題を戻す。
「そんなのは簡単だろ? 自分の好きなブロガーの記事を研究したらええだけやん。自分が好きなブログってのは、自分が思っている以上にアクセスあるから。自分のアクセス数ばかりを記事ネタにしているブログは、参考にすらならんからな。あれ……何だっけ? 嘘じゃなくて、ホラじゃなくて……ビックマウスには要注意!」
三縁の話にアケミは妙に納得していた。小説投稿サイトでも、アクセスを表に出さない作家の方が人気があるのだ。本物とはアクセスを語らず作品で語るもの。それをアケミは身に染みて理解している。人気作家は、マウントを取る必要などないのだから。
「そう……ね。ゆきちゃん、サヨちゃんの言うとおりよ。取りあえず、何か書いてみたら?」
ゆきは腑に落ちない顔をしている。ゆきはネットで情報発信した経験が皆無なのだからこそ、それは当然の反応だった。
「わたしには好きなブロガーなんていないの。好きなブログだってないの。だったら、サヨちゃんのおススメのブログがあったら紹介してよ!」
ゆきが三縁の腕をギュッとつかむと、三縁はツクヨの背中を押しながら平然と答えた。
「だったら、ブログでオッパイ出すか、俺の記事でも読んでろよ」
「女子に向かって、なんつーことを言うのよ!」
三縁の頭にアケミの手のひらが飛んできた。ゆきは顔を赤くして俯いてしまう。ギーコー、ギーコー……ブランコにキャッキャと喜ぶツクヨの声と、ブランコが揺れる音だけが鳴り響く。しばらの沈黙の末……ゆきは何かを決めたようだ。
「わたし、やっぱり書き手よりも読み手になるわ。だって、ブログは面倒くさそうだもの」
そりゃそうだなと三縁は思った。やめとけ、やめとけ、ブログなんて茨の道だとも。
「来週には高校生よ。高校生は恋愛よ。わたしは膨大な書籍から恋愛テクを学び取って、白馬に乗った王子様を探すわ」
ゆきは自分の道を見つけたようだ。ゆきの細くて長い指が拳のカタチに変わっている。
「ゆきちゃん。はくばにのったおうじさまって……なぁ~に?」
ゆきの〝白馬の王子様〟発言に、ツクヨが興味を示す。心の中で三縁がツッコむ───ツクヨには、バイクに乗ったバッタだろ?
「白馬に乗った王子さまって言うのはねぇ~……」
「はい、そこまで。ちょい、待った!」
妙案を思い付いたかのように、アケミが会話に割って入る。
「ツクヨちゃんも、ゆきちゃんも。これからタピオカを飲みに行くわよっ! 当然、サヨちゃんも、タピオカ行くわよね? ツクヨちゃんの保護者なんだから」
アケミが三縁を巻き込もうとする。
「俺、タピオカはやらないことにしてるんだ!」
三縁はキッパリと拒否をした。
「アンタねぇ、やらないって……タピオカを違法薬物みたいに言わないでよ!」
アケミは条件反射でツッコミを入れる。
「ツクヨ、ふたりとタピオカやってくるね! おはなしがおわったら、アケミちゃんにでんわしてもらうから、あとでおむかえにきてね」
そう言うと、ツクヨはブランコから飛び降りた。体操選手のようなポーズを決めた着地だった。
「あいよ~。そこの魔法少女のおふたりさんに、ツクヨ姫をお任せするわぁ~。俺、後でツクヨとじいちゃんの畑に行く予定だったから。春は畑の手伝いがあるから」
三縁はそう言い残し、ひとり寂しく畑へ向かった。
「じゃ、タピりに行こうね」
アケミがツクヨの手を握り、ゆきを引き連れてタピオカの店に向かって歩き始めた。
「恋愛小説なら何がいいかな?」
ゆきがアケミに訊くと、アケミはズバリと即答した。
「そんなの決まってるでしょ? 旅乃琴里よ。今、最も旬なラノベ作家よ」
「ツクヨもよみたーい。はくばにのったおおじさま♡」
ゲンちゃんうどんの隣の喫茶で、恋愛テーマの女子会が数時間に渡り繰り広げられた。
その日を境に、ゆきは恋愛小説を読み漁り韓流ドラマに没頭した。そこで培った知識とノウハウ。それら全てを、三縁の小説に生かす未来があるとも知らずに。
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