のんちゃんのブログ王〝005 小さなパパ〟

小説始めました
この記事は約7分で読めます。

005 小さなパパ

 百円欲しさにツクヨのお世話。

 そんな春休みも、あっという間に終わってしまった。そして、俺は小学生から中学生になった。入学式という名の、大人のアップグレードを無事に完了させたのだ。

 桜木も俺と同じ公立中学に通っている。オッツー、アケミ、そして、ゆき。俺たち“放課後クラブ”のメンバーは同じ中学へ進んだ。小学校から中学校へ。俺の交友関係は、そのまま引き継がれるカタチになった。てか、うどん県ではこのルートが通常である。私立が強い他県とは、学校事情が随分と違うようなのだけれど。

 ついでに説明しておこう。放課後クラブとは、幼稚園時代に勝手に結成したチーム名のようなものである。その目的は、パジャマパーティ。つまり、園児同士のお泊まり会であった。

 放課後クラブのイベントは、月一回のペースで開催された。七夕とクリスマスでは、飾りつけから大盛りあがり。ハロウィンの秘密の仮装大会で、集合した全員がピカチュウだったのには驚いた。ママたちは、俺たちの姿を爆笑しながら写真に収めた。

 そんな、パジャマパーティのイベントが消滅したのは、俺たちが小学校に上がってから。いつまでも、男女が同じ布団で寝るのも問題である。だから、パジャマパーティはお開きになった。けれど、放課後クラブの名称だけは、今でもそのまま残っている。いわゆる“腐れ縁”の類いである。

「おかえり、我がブラザー(笑)」

 嫌な笑顔だ。

 俺が入学式から帰宅すると、さっそくアヤ姉からの命令が出された。今日は、俺の晴れの日なのに。晩飯のおつかいですか? でも、俺は簡単に金で寝返る男だ。お駄賃次第で、どこへでも飛んで行くぜ(笑)

「もう中学生になったのね、おめでとう。じゃ、ツクヨのお迎えもお願いするわね。今日の仕事、遅番なのよ」

 アヤ姉からの新たなミッション。それは、ツクヨの幼稚園のお迎えであった。とはいえ、かつて俺も通った幼稚園。興味がないと言えば嘘になる。今も昔と同じだろうか? そんな好奇心がちょっぴりあった。ぶらり散歩気分で、ツクヨを迎えに出かけた幼稚園。

 そこに、大きなトラウマが待ち構えてるとも知らずに……。

 嗚呼、懐かしの幼稚園。赤い屋根と青い窓枠。運動場には、ブランコ、シーソー、すべり台。何もかもが、昔のままだ。懐かしの門をぬけると、大勢のママたちが俺に向かって視線を投げかけた。本能的に俺は思う───目を合わせてはいけない。

 あの人知ってる、コンビニのレジの人だ。この人も知ってる、スーパーで見たことある。ここは小さな町である。知っている顔がチラホラ見えた。そのひとりが、知ってるような話しぶりで俺に声をかけた。

「あら? ボク、飛川さんちの? まぁ……あらあら。初めて会った時は、こんなに小さかったのに……まぁ、すっかり大きくなっちゃってぇ~。今、何年生? もう、中学生? 文香ちゃん、お元気?」

 俺を知っている知らない人。頭の中で、逃げ言葉を探せどみつからない。

「えぇ、まぁ……」

 その直後。俺の知らない人の口から、トンデモ発言が飛び出した。

「小さなパパ、がんばって(笑)」

 は? パパだと? 叔父さんを越えてパパンだと? いくらなんでも、それないわ……おばちゃん……。

「えぇ……まぁ……え?」

 あまりのショックに俺は呆然となった。気づくとママたちに囲まれていた。そこからが地獄だった。質問攻めの生き地獄。俺は軽くパニック状態に陥った。だがしかし、中坊でもそれくらい知ってるぜ。

 アヤ姉だろ? アヤ姉が出戻った理由を知りたいんだろ? 残念だったな、俺の口は堅いんだ。俺は家族を売らない男だから。強ばった笑顔を振りまきながら、俺は知らないフリを突き通した。

 それにしても、これは……いったい……。

 黒板をチョークで引っ掻いたような甲高い声。それが、俺の背中をゾワゾワさせる。それに加えて、香水の甘ったるい匂いに吐き気がした。なんだよ、なんだよ、これって何ハラぁ? その日から、俺は大人の女性が苦手になった。ようやくママ友たちに馴染めたのは、その年のクリスマスの頃である。

 ママ友たちとの繋がりで、俺は得をすることが多くなった。たとえば、うどん屋。かけうどんを注文すれば、無条件で大盛りなのは当たり前。頼んでもいないエビ天が、うどんの上に乗ることも珍しくない。俺は、ツクヨのお迎えを通して“ママ友”という名の人脈を獲得していた。

 俺は人脈を構築しながら、新しいお話をツクヨに作る。俺が書いた原稿は、ツクヨの枕元でアヤ姉が読み聞かせる。そんなある日、俺の原稿がツクヨから戻された───まさか……クレーム? 

「サヨちゃん、はい。このえは、ツクヨがかきました(笑)」

 プレゼントでも渡すように、ツクヨは原稿を俺に差し出した。その用紙の裏側に、野菜の絵が描かれていた。物語に登場するキャラたちだ。その絵は、お世辞にも上手とは言えない。けれど、四歳児らしい味があった。

「上手な絵だね、これピーマン?」

 嘘も方便だ。その嘘に、特大ブーメランが帰ってきた。

「パプリカだけど?」

 パプリカから始まったツクヨの絵は、お絵かきから落書きになった。小学生になると、落書きからイラストへと進化を遂げる。その小さな才能に惚れたのが、近所の印刷会社の社長であった。社長はオトンの知人だったこともあり、小学生のツクヨにイラストの依頼までもが舞い込んだ。そこからの成長が凄まじかった。グングンとツクヨは、イラストの腕を上げていった。

 高校生になったツクヨは、SNS上で天才イラストレーターと呼ばれることになる。“四つ国の漆黒の絵師”とは、俺の姪っ子、ツクヨ様のことである。仲良くするなら今のうちだぜ(笑)

 ツクヨがパプリカの絵を描いた夏。

 俺にも大きな転機が訪れていた。アヤ姉がスマホをくれたのだ。

「これ、スマホ。幼稚園のお迎えの道中で、ツクヨに何かあったら連絡ちょうだい。ほかは自由に使っていいから。そろそろ、スマホが欲しかったでしょ?」

 今日のアヤ姉は、いつもに増して美しい!

「マジっすか? これ、リンゴのやん!!! ありがとう、お姉様」

 俺はすぐさま、放課後クラブの面々に電話を掛けた。これで、いつでも仲間との連絡が取れる。オッツーから始まり、アケミ、ゆき。最後に連絡したのが桜木だった。

「そうですか。それはよかったですね。スマホがあるのでしたら、そろそろブログのコメント欄も解放してもよいでしょう」

 桜木からのアドバイスで、俺はブログのコメント欄を解放した。そこに一番乗りしたのは、月子という名の女性であった。

☆☆☆☆☆☆
名前:月子:投稿日:20xx/7/30(x) 15:27:48

一番のり~! やったね(笑) 月子だよー(笑)

☆☆☆☆☆☆

 うれしいけれど、あなた誰?

 初コメントを確認していると、俺のスマホにオッツーからの着信が鳴り響く。どうやって、電話に出るんだっけ? あ、これこれ。慣れない俺は、慌てて緑のアイコンをタップする。

「あのコメント入れたのオレだから、月子のやつ」

「なんでだよ?」

 月子とは、ツクヨがコメント欄で使う名であった。ツクヨがオッツーに懇願して、オッツーのスマホからメッセージを書き込んだのだ。

「コンビニでお前の姪っ子に会っちまってな。あの子がこう言うんだよ『サヨちゃん、書き込みないと寂しがるから……』ってな。仕方ないから入れといた。お前、姪っ子にアイスでも買ってやれよ。すごく心配してたぜ。それと、この話は内緒でな(笑)」

 すまんな、オッツー。ツクヨが自分の口から話すまで、これは俺の胸の中にしまっとくわ。そう、俺は心に誓った。そして、ツクヨのアイスを買いにコンビニへ向かった。いつもの公園の前を横切ると、ツクヨが俺の元へと駆け寄った。

 だったら、ツクヨとコンビニへ行こう。

「サヨちゃんのコメント。あれ、ツクヨからだよ。オッツーがツクヨはダメいうから、ツキコでごちゅうもんしました(笑)」

 ツクヨは、その日のうちに自白した。

 月子からの書き込みから一ヶ月半後、のんから初めてのコメントが入れられた。偶然にも、旅乃琴里たびの ことりのラノベ作品「十ヶ月の奇跡」が店頭に並んだ初日でもあった。

 この時期から、俺の周りに何本もの“神の伏線”が張られ始めた。その伏線が回収されるのは、今から五年後のことである。

コメント

  1. 神の伏線!
    気になる〜^ ^
    明日が楽しみじゃ

    • ココさん、読んでくれてありがとう。
      クリスマスまで楽しんでくださいね(笑)

ブログサークル