ショート・ショート『よつぼしの苗』

小説始めました

 愛猫の猫砂を買いにホムセンに立ち寄ると、山のように陳列された使い捨てカイロが目に飛び込んだ。

 何これ冬じゃん? 冬ソナじゃん!

 え? もうそんな季節? だってそうでしょう? 今日だってほら、熱中症アラート出ているし……。控えめに言っても夏である。

 大自然へ背を向け続けた人類である。たった一握りの人間が行い続けた暴挙の数々。理由は簡単、私利私欲。地球がお怒りになるのも当然だ。畑をはじめてから一年と半分。僕は最近、それを強く感じるようになっていた。

 そこは、上流国民の皆さんの意識改革に掛かっております。原始時代、江戸時代までとは言わない。せめて二十年前の生活に戻さないと、たいへんな事になりますよ。

 てか、

 ちょいと世界のお偉いさん。お前ら一ヶ月くらい、無人島でビリー隊長に鍛えてもらえ! 少しはマシになるだろう。

 そんな気にもなる。

 猫砂を購入し、ふらりと、苗コーナーでよつぼしを見つめる。もうちょっとあった方がいいかもな……。そう思いながら、僕はホムセンをあとにした。

 一日一度、僕は畑で作業する。作業時間は半時間ほど。それは、よつぼしへの水やりであった。毎日のように畑に立つと、嫌でもご近所さんと仲良くもなる。

「こんにちは、お兄さん(笑)」

 この奥方もそのひとり。齢七十を越えているだろうか? 敬老会の集まりの行き帰り、僕の畑の前をとおる。

「トマト、持って帰る?」

「あら、いいの?。ありがとねぇ」

 この一年で、そんな会話が何度もあった。よつぼしの前に雷電を置く。雷電に話しかけながら、苗の葉の状態を確認する。これが僕の日常でもあった。

「お兄さん、ちょっと、ちょっと」

 僕は、背中越しに声を掛けられた。あぁ、いつものご婦人、名前も家も僕は知らないけれど。畑で話す人たちは、そんな人ばかりであった。

「よかったら、これどうぞ(笑) いつもお野菜もらってるから」

 ご婦人は、笑ってレジ袋を僕に差し出した。そんなつもりじゃなかったのに……。

「そんなん、せんでもええよ(汗) 気にされたら困るし……」

 ご婦人から渡されたレジ袋の中身はよつぼしの苗であった。

「六月に枯れてたでしょ? よつぼし。あの時ね、ここで見てたの。声をかけようかと思ったけど、なんだか、お兄さん。そんな感じじゃなかったから。これ、受け取ってくれない?」

「え……あ……なんか、ありがとうございます」

 恐縮である。

 歳格好から推測すれば、どう見ても年金生活なのであろう。だったら、これで美味しいものでも買えばいいのに。そう思いながら頭を掻いた。

「あの時ね、お兄さんの目に似ている人を思い出したの。お兄さんが生まれるずっと前の話だけどねぇ」

 僕は黙って話を聞いた。話に興味もあったし、苗をもらった恩も出来た。

「あれは、戦争が終わってから十年くらい後だったかしら……。お兄さんみたいにね、いちごを作っていた人がいたのよ(笑)」

「へぇ……誰?」

「わたしのおばさん。もう、この世にはいなけど。とても綺麗な人だったのよ(笑)」

 ご婦人の背後を師匠が乗った軽トラが駆け抜けた。ガラス越しにニヤリと笑いながらも、今日は大人しくその場を去った。

 普通なら、ダムのようにドンドン人が溜まって井戸端会議が始まるのに。もしかしたら、このご婦人。村のご意見番なのかもしれないな。少しだけ、僕の言葉使いが敬語になった。

「おばさんの旦那さんは兵隊さんだったの。結局、戦場から帰って来なかったけど。おばさんは、毎年、いちごを作っていたわ。いちごだけ作っていたの。なぜだか分かる?」

「さぁ……」

「旦那さんが好きだったそうよ、いちご。だから、いつ戻ってきてもよいように、せっせといちごを作っていたわ。何年も作っていたから、最後の方、いちごの出来映えはプロ並みだったの」

 ご婦人の話は理解している。でも、それと僕との関連性が分からない。僕は返事に迷ってしまった。

「……」

「だれかが居ると元気なの。でも、ひとりになると寂しい目でいちごを見てるの。涙は流さないけど泣いていたわ」

 何が言いたい? さすがの僕も眉をひそめた。

「……」

「それに似てたの、お兄さんが。だから、いちごの苗がお店に出たら買ってあげよう。そう、思っていたのよ。よかったわ、寿命がもって(笑)」

 その冗談は笑えない……でも少しだけ、乙女チックな口調だった。きっと、気持ちが娘時代に戻っているのだろう……。

「あ~、そうなんですか(汗) ありがとうございます。なんか、逆に気を使わせちゃったみたいで申し訳ないです(汗) ちょっと待ってて」

 僕は、よさげなジャンボピーマンと茄子を、よつぼしが入っていたレジ袋に詰め込んでご婦人に渡した。お礼である。

「もう、いいのに(笑) でも、ありがとね。いちごが採れたらお裾分けしてね(笑)お兄さん、人生には色々あるからね……」

 太陽は山に姿を隠し、空の色が赤く染まる。秋の風と雷電だけが僕らの会話を聞いていた。

 年寄りには敵わない……。 

 秋冬野菜のシーズンに入り、畑のお話ばかりが続いています。そろそろ野菜に飽きた方もいらっしゃるでしょう(汗) なので、今回は事実にアレンジを加えたショート・ショート風にしてみました。

 どこまでが真実で、どこからが嘘なのか。それは想像にお任せします(笑)

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