024 エピローグ
全国的にクリスマスの朝。
彼氏のいない暇なウチは、ママの言いつけでコンビニに向かって歩いていた。クリスマスの朝に、納豆のおつかいだなんて……ムードも何もありゃしない。
───何してるかなぁ……のんちゃん。
クリスマス色の街を歩きながら、ウチはのんちゃんのことを考えてた。のんちゃん、受験勉強で忙しいかな? でも、高校最後のクリスマスだから、のんちゃんウチに付き合ってくれる? ウチはのんちゃんを誘う口実を考えた。
親友と過ごすクリスマス。ケーキとチキン……そうそう、ツリーも飾らなきゃ。想像するだけでワクワクする。
今からでも間に合うよね……のんちゃん。
───テテテテテ……。
信号待ちをしているウチの前を、小さなワークマンが駆け抜けた。何この子、小鳥みたいに可愛いじゃん。このまま肩に乗せて連れて帰りたいくらい───って、のんちゃん! 朝から何やってるの? そんな慌てたら危ないじゃん! 今にも転びそうで見てられない。
「ねぇねぇ、そこの、ウチの親友!」
のんちゃんは、ピタリと足を止めて振り返る。
赤いリュックを胸に抱えて、ものすごく慌てているようだ。いつもの、のんびり屋さんとは別人だった。
「朝早くからどうしたの?」
「あ、ゆいちゃん。おはようねぇ」
なんだよ、なんだよ、いちいち可愛い。もう、この子。ポッケの中に入れて、納豆と一緒に持って帰りたい。
「のんちゃん、そんなに急いでどこ行くの?」
ウチは、のんちゃんに問いかけた。
「あのねぇ、お月様のとこ。今日ね、こっちに来るの」
え?
「うぉぉぉうぉぉ……ぉぉぉぉ!!!!」
「ゆいちゃん、どうしたの? ホラ貝みたいになってるよ」
あまりの驚きに、自分でも自分の声がおかしいのがわかる。
ホラ貝にもなるでしょ? 普通。アンタ、今、大変なことを口にしたんだから。アイツが来るって? あのカブトムシがぁ?
「どうして、教えてくれなかったのよ! ウチら親友でしょうに!!」
ウチは少しムッとした。
のんちゃんに、シカトされた気がしたからだ。こんな大切なことを黙ってるなんて……親友に裏切られた気分だ。
ウチのクリスマス……ぼっち確定……か……。
「あ~、ごめんね。うれしくって忘れてた」
この子は、うれしくなると忘れるのか……?
でも、これはない。マジでない!
夢にまで見たお月様との初対面だって日に、作業着なのが信じられない。どれだけ、この子がオシャレに疎いからって、そんなのウチのプライドが許さない。ここでウチの目に留まった以上、その格好で彼に親友を会わせられない。
言っときますけど、決してワークマンをディスってないよ。でもね、これはデートなの、初デート。現場じゃないの。TPOに合ってないだけ。世の中、なんでもコンプラだから。これだけは付け加えておかないと……。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ。のんちゃん、お月様との待ち合わせの時間は?」
アイツって、四国だよね? 夜行バスで静岡に来たの?
「えっとねぇ、3時だよ」
はぁ? あり得ない。
「のんちゃん。今は、何時でしょうか?」
ウチは諭すように時間を訊いた。
「9時だよ」
細い腕に巻きつけた腕時計を見ながらウチに言う。待ち合わせ時間もそうだけど、その時計にショックを受けた。アンタさぁ、そのごっつい時計で戦隊ヒーローにでも変身する気? トレーニングじゃないのよ。もうー、この時計も没収だわ。
ウチの可愛い時計を貸してあげるよ。
「のんちゃんさぁ、そんなに早く行ってもダメじゃない? お昼ごはんとか、どうすんのよ? 抜くの? 外は寒いよ」
ウチはのんちゃんが心配でたまらない。
「おにぎり作ってきたの。お月様の分もあるよ。ほら見て、カイロもいっぱい持ってきたの」
のんちゃんは、笑って赤いリュックをウチに見せた。
うあ~……ウチが言いたいのは、そんな意味じゃなくって……でも、よかった。時間はある、たっぷりある。
「のんちゃん、ちょっと付き合って!」
「あわわ……」
ウチはのんちゃんの手を引いて、ウチの家に引きずり込んだ。あ、違う。その前に納豆だった! のんちゃんは、あわわな顔をしているけれど、親友としてのプライドが許さない。この子をどこに出しても恥ずかしくない、女の勝負スタイルにウチがしちゃる!
ギャルの力、なめんなよ!
「ママぁー! 店、借りるよー。クリスマスなんて、どうせ暇でしょ? 貸し切るよー! 納豆は台所に置いてあるからね~!」
ウチの家は散髪屋だ。
美容室みたいにおしゃれじゃないけど、この子をキレイにすることくらいなら朝飯前だ。だって、素材がいいからね。こう見えても、高校を卒業したら、ウチは美容学校に行くんだよ。ウチの将来、カリスマ美容師に決まってんだ。
「なに、ナニ、何?」
のんちゃんは、大きな瞳をぱちくりさせている。
「はい、ここに座って! ケープするよっ!」
ウチはのんちゃんをチェアに座らせて、白くて細い首にケープを巻いた。これで準備完了だ。
「あ、猫ちゃんだ」
のんちゃんは、猫柄ケープにご機嫌だった。走って乱れた髪もセットしてあげないと。そうだ! 少しお化粧もしてあげよう。のんちゃん、お化粧なんて初めてでしょ?
ウチの服、この子に似合うのあったかしら……。そうそう、あのワンピースなら似合うと思う。白のワンピに赤いモコモコカーディガン。今日は寒いから、ニット帽も必要ね。ウチの目の前の清純派、さらに進化させてあげるわよ、ニッシッシ(笑)
「ねぇ、ゆいちゃん? 三時には間に合うよね? 三時だよぉ……」
のんちゃんは、不安げだ。
「十二時から始めたって間に合うよ。待ち合わせ場所はどこ?」
のんちゃん、どこに行くつもり? 少し遠いところなの?
「駿府城公園なんだぁ。家康公の銅像の前。そのあとで、シロクマさんも見に行くの」
のんちゃん好きだもんね、シロクマ。まだ持ってるのかな? のんちゃんの部屋で見たシロクマのぬいぐるみ……。でも、このプランには無理がある。それが意味するのはひとつだけ。聖夜の……うわぁ!!!
「カカ……カブトムシ、こっち泊まるの?」
ウチは動揺が隠せない。
「どうして?」
のんちゃんは冷静だった。
「シロクマって、三時の待ち合わせじゃ時間がないよ?」
この子たちは、大きな勘違いをしてる。ウチの記憶では、動物園は午後四時半に閉園のはずだ。つまり、やっぱり、この子たちは……。ウチの心の中がホラ貝だ。
「なんかねぇ~。今年は、動物園でライトアップするんだって。ニュースで見たよ」
なら、許す!
のんちゃんの家からだったら、二時に出たって余裕の距離だ。せっかちさんだか、のんびり屋さんなんだか。まぁ、折角だ。今日は、ゆっくりのんちゃんと話そ。ちょっと訊きたい話もあるし。そうと決まれば、先ずは飲み物。
「のんちゃん、ちょっと待ってて」
ウチはのんちゃんに、ミルクたっぷりのカフェオレを淹れた。コーヒーカップを手渡すと、のんちゃんは、それを小さな手のひらで優しく包んだ。フーフーと、息を吹きかける仕草が可愛い。“ザ・女の子”って感じがする。
アイツ……この子をフッたら許すマジ!
「温かいねぇ、おいしいねぇ。ありがとねぇ~、ゆいちゃん」
ウチはのんちゃんの髪をとく。小学時代から見慣れたボブカットが少し伸びてた。でも───これくらいが、ちょうどいい。少し長さを整えて髪に動きを出そう。静かに流れる親友との時間が心地いい。
「でも、アレだね。書いたんだね、アイツ……」
ウチもアイツの小説に興味が出てきた。
「うん。本にして持ってきてくれるの。みんなと一緒に作ったんだって」
「うっそ!本になったの? そっか、そっか、よかったね」
「うん」
のんちゃんの『うん』が誇らしげだ。あとでのんちゃんに読ませてもらおう。
「でもアイツ、初めて書いたんでしょ? 小説。あんなに短い間で、小説なんて書けるものなの? のんちゃんとは違うのよ」
そう、アイツはのんちゃんとは違う。だって、彼女は……。
それがウチには疑問だった。高校生の素人が初めて書く小説だ。それを書かせるのにウチも一枚噛んだけど、本当にやっちゃうなんて思ってなかった。『頑張ったけど、ダメでした』 そんなメールが届くとばかり思ってた。
「お月様の近くにはね、マコちゃんがいるの。だから、マコちゃんに任せたの」
「え、マコちゃんって……小学の時に転校した桜木君?」
「うん」
のんちゃん、それ、軽く言う? どうして『うん』で片づけてしまえるの?
「そんなの……なんで知ってんのよ?」
ウチには当然の質問だ。
「カブトムシの……」
不思議ちゃんからの言葉は不思議ちゃんだ。
「そっか、アイツ、カブトムシの写真で一瞬だけ時の人になったよね。てか、それと桜木君と関係あるの?」
ウチには、桜木君とカブトムシが繋がらない。
「そう、カブトムシ。学校のパソコンでね、ネットニュースで知っちゃったんだ。あの小学生が通ってる学校の名前。マコちゃんと同じ学校だった。だから、マコちゃんにメールしたの。転校する前にメアド交換してたから」
のんちゃんは軽く言うけど、ウチにはそれも知られざる真実だよ。
「え? ちょっと待って。あ、少し考えさせて……そうそう。のんちゃんは、どうして桜木君のメアド知ってんの?」
「引っ越しの日に、マコちゃんからメアド交換、お願いされたから」
ウチは小学時代の記憶を思い返す。桜木君は、そのタイプの男子じゃない。ってことは、つまり……。
「それって桜木君、のんちゃんのこ……」
ウチは咄嗟に口を閉ざした。桜木君の男気に水をさすのが野暮に思えた。でも、やるじゃない、桜木君も。
「どうしたの?」
のんちゃんがキョトンとした顔でウチを見た。
「いや、別に。それから?」
ウチは話をはぐらかす。
「マコちゃんの学校にカブトムシの子、いる?って、訊いたの。そしたらね、いたの……お月様。お月様、マコちゃんと一緒にあのブログを作ってた」
うっそ? それマジで? そんなことってある? だから、アイツに……ウチは冷静でいるのに必死だ。
「そうなのか。だったら安心だよね。のんちゃんよりも適役だわ。あの子、メッチャ本読んでたし、成績だって、のんちゃんとトップを争うくらい優秀だったし。その判断は正しいと思うよ」
「うん。ありがとねぇ。わたしね、好きな人には依怙贔屓しちゃうから。何も言えなくなっちゃうの。好きだから」
「だよねぇ」
この子、どんどん大胆になっていくのね。それは、とてもよき傾向でありますなぁ~、親友殿。モジモジしているよりも、ずっといい!
「うん」
ウチはのんちゃんの髪を整えてから薄化粧をした。この肌に、ウチの技が使えない。淡雪のように透ける柔肌を、化粧で隠す必要がまるでない。このままが断然キレイ。唇に、さくら色の口紅を塗るだけで極上に仕上がるよ。
引く手あまたの逸材に、彼氏がひとりもいなかった。それが、今でも不思議だ。
「のんちゃん、幸せ?」
「うん」
ずっとこのまま、この子の髪をといていたい。
この子と、これからデートするカブトムシの野郎が憎らしい。のんちゃんの化粧を整えながら、静かな時間がもうすぐ終わる。
「どう?」
のんちゃんの肩の上に顎を乗せて、ウチは鏡越しに訊いてみた。のんちゃんの細くて白いうなじから、ほのかに石けんの香りがしている。これが、男どもが好きなやつか……。
「……」
のんちゃんは無言だった。あららら……もう泣きそうだ。ダメよ、泣いちゃ。お化粧が崩れちゃう。
「のんちゃん。お化粧が終わったらね、女の子は泣いちゃダメ。女の子はね、お化粧したら戦闘開始。気を抜いちゃダメなんだから」
「うん」
「そうそう。あのこと、アイツに話すの?」
ウチが本当に訊きたかったのは、それだった。
「まだ、このままがいい……今のままでいい……」
のんちゃんは少し顔を伏せた。ウチの横で、初めてコメントしたあの日から、今日までとても長かったもんね。
「そっか。じゃ、今日は“のん”としてデートしなっ! じゃ、お次はウチの部屋で服を選ぼう。ウチ、のんちゃんが似合いそうなワンピース持ってんだ。モフモフのカーディガンだってあるんだから。さぁ、行くよ!」
パン!っと、ウチはのんちゃんの肩を叩いた。よし!キレイ。そして、ウチはこう言ったんだ。
「新作テーマは“叶う恋”ね、旅乃琴里さん!」
「うん」
のんちゃんはコクりと小さく頷いた。
☆☆☆☆☆☆
窓の外で舞い散る粉雪。
あなたと同じ、街もうっすら雪化粧。あなたの望みを手に持って、もうすぐサンタがやってくる。この物語はこれで終わり。
世界のすべての人々にメリークリスマス。
のんちゃんのブログ王(おしまい)
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