ライダー変身ベルトは涙のベルト

ショート・ショート
小説始めました

───隕石が地球にぶつかる、運命の日まで1ヶ月。

 インターネットが死んだ日。

 それは、忌まわしい世界放送から一週間後の出来事だった。その頃、俺たち三人は彼女が住む街に向かって歩いていた。国道をすれ違う人々の顔に生気はない。

「どいつも、こいつも、ゾンビみたいな顔してやがるwww」

 ちゃかしたように、オッツーがコソコソ俺に話しかける。オッツーは、最後まで旅への参加を拒否した男だ。それが出発当日の朝。突然、旅への参加を表明し、今日も俺たちと歩いている。

 どういう風の吹き回しだろうか? 俺は、ずっと気になっていた。

 腰にはトレードマークのライダーベルト。ライダーオタクのオッツーは、最後の日まで正義の味方を貫くらしい。もう、高校へ行くこともないだろう。教師からベルトを没収される事もない。だから運命の日まで、みんな好きに生きればいい。

 夜になるとねぐらを探す。野宿の時もあれば、駅のベンチで眠る夜もある。今夜は海の見える丘の上で一夜を過ごす事になった。慣れた手つきで火をおこし、美味くもない簡単な食事を済ませる。その後で、ブロガーの俺は、今日の出来事を記録として書き残していた。

 万が一という事もある。もし、隕石が地球をかすめるだけなら貴重な資料だ。山田は体力温存だと言って、早々に寝袋の中に入っている。眠れなくても寝るのだと言う。オッツーはスマホを眺めていた。ネットの繋がらないスマホに意味があるのか? きっと、ライダーの写真を眺めているのだろう。夜の俺たちの行動は、旅が始まってずっとそうだった。

 生理現象は突然だ。俺は用を足してキャンプに戻ると、オッツーのスマホ画面が目に飛び込んだ。画面に映し出されていたのは女の子の写真だった。あゆみだった。あゆみは俺たちのクラスメイトである。たしか俺たちの出発の前に、陽一に告られたらしい噂を聞いた。ふたりがその後どうなったのか? それは知らない。

 もしかして…。

 オッツーに声を掛けようとした瞬間、山田の声が俺を止めた。

「野暮な事をしなさんな」

 オッツーは、あゆみに好意を抱いていた。それを、山田は知っていたのだ。だから、黙って連れて来たのか。

「おい、彼女のところに無事に着いたら、彼女の友達、オレにも紹介してくれよな、な、な!」

 おちゃらけた風にオッツーは言った。人類滅亡とは無縁の笑顔だ。

「それよりも、あゆみはよかったのか? 最後まで側にいてやらなくて」

 急に俺は、オッツーが心配になった。あの笑顔は悲しみの裏返し。だったら俺は、こいつをここまで連れてきてよかったのか? オッツーに対する後悔が俺の頭を席巻する。

「だから野暮はよせって!」

 山田が怒鳴る。山田の声は怒っていた。

「いいんだ、山田。あゆみには陽一がいる。でもな、あのふたりを見てると、オレ、辛くなるから。きっとオレ、妬むから。あゆみには最後まで笑っていて欲しい…」

 しばらくの間、風と薪の音だけの世界になった。山田は不機嫌な顔で炎を見つめている。

「…..にたくねぇ〜」

 オッツーはそう言って、海が見晴らせる場所で変身ポーズを取り始めた。

「変身!」

 ギュィィィンとライダーベルトが雄叫びを上げた。変身ベルトは涙のベルト。変身ベルトの効果音が、俺にはオッツーの泣き声に聞こえた。

 これが昨晩ブログに書いたオッツーの、もう一つの世界線。

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