のんちゃんのブログ王〝011 かぐやちゃんとお月様〟

小説始めました

011 かぐやちゃんとお月様

 毎日、文字を介して会話をしている人がいる。顔も知らない、声も知らない。住んでる場所も、ホントの名前だって何も知らない。知っているのは〝のん〟という、HN(ハンドルネーム)だけの女の子。

 初恋と呼ぶには幼くて、友だちと呼ぶには遠い人。その距離は縮まることなく、俺たちの関係は平行線を辿っていた。読み手と書き手。ただそれだけの関係だ。中学から、それだけが繰り返されている。その中で確信したことがひとつあった。

───のんは可愛い。

 見たことないけど、とても可愛い。そう、俺は勝手に思ってる。のんは俺のブログに足跡を残した。のんとは、中1の秋からの付きあいである。まぁ、実際に付きあってるワケではないけれど。それでも、のんは俺にとって最高の読者である。それだけは、放課後クラブの誰もが認める事実であった。

 桜咲く春。

 のんは、俺のブログにどっちつかずのコメントを残した。俺たち放課後クラブのグループラインで、それが物議を醸し出したのだ。恋バナとは縁遠い、思春期ゆえの祭りであった。

☆☆☆☆☆☆

名前:のん:投稿日:20xx/03/15(x) 14:08:36

 ご卒業おめでとうございます。

 あなたは、わたしのお月様でした。

☆☆☆☆☆☆

 このコメントが残されたのは、俺たちが中学の卒業式を迎えた日の午後であった。

 アケミとオッツー、ゆきと桜木。放課後クラブのメンバーが、それを見過ごすはずもない。ある意味で、是非とも見過ごしてほしかった。けれど、現実は甘くない。こんなコメントだけは、秒で発見されてしまうのだ───君たちは、俺のストーカーですか?

 SNSのグループライン。口火を切ったのが桜木である。何度も書くけど、この男。俺の通う高校で常にトップの秀才である。どの高校でも、より取り見取りの秀才が、なぜ俺たちの高校なんかを選んだのか? その理由は今でも不明だ。そりゃ、俺たちの高校から、日本トップクラスの大学へ進む道もある。でも、それは茨の道だ。決して賢い選択じゃない。

 そもそも桜木が、放課後クラブのメンバーに満足してるのかさえ怪しいものだ。彼と俺たちとでは、根本的な何かが違う。ずっと俺はそう考えていた。てか、どうしてお前が火種をまいた? 誰も“月”からそれを連想なんてしないのに。なぁ、桜木さんよぉ。これは、君らしくない発言だ。

桜木:“お月様とは、穏やかではありませんね”

ゆき:“漱石ですわね、ステキですわ”

 桜木からのメッセージに、お嬢のゆきが追撃を始めた。ゆきが暮らす上流社会では、俺たち庶民と違って“教養”という二文字がある。“マンガ”の三文字とは違うのだ。

 シェークスピアから始まり、ロシア文学、日本の文豪。深い知識がなくても、ゆきも“月”が意味することを知っていた。このふたりだけならまだしもだ。残ったふたりまでもがはしゃぎ始める。そう“マンガ”側のふたりである。

 アケミは速攻で“月”と“漱石”で検索したようだ。しっかり、教養組の会話に交ざっている。

アケミ:“あんたさぁ、男気ってもんを見せてやんなさいよ! きっと彼女待ってるわよ。ねぇ、ゆきちゃんもそう思うでしょ?”

ゆき:“そうですわね、お月様ですって。ロマンチックな書き込みですわ。わたし、さっきから胸キュンですのよw サランヘヨ~♡”

アケミ:“パンケーキ食べたいねぇ、ゆきちゃん”

ゆき:“わたしも~!パンケーキ食べたぁ~い!”

 女子高生の会話は、予告もなく別の世界ヘ飛んでゆく。すかさず、ライダーオタクのオッツーが乱入を試みる。が、イマイチ状況を把握できていないらしい。それは、いつものことだ。

オッツー:“彼女って何? お月様ってハンバーガーの? だったらオレも一緒に行くよ(笑)”

アケミ:“オッツーは黙ってなさいよ。ゆきちゃんちの噴水まだなの?”

ゆき:“まだなのぉ……。配管工事が長引いてるの。ほら、わたしのお家、床暖房とかあって、配管の数が多いから……”

アケミ:“でもね、ゆきちゃん。『お月様でした』って過去形よね? だったらさ、もしかして『さよなら』の意味かしら(笑) かぐやちゃんだって、次のステップがあるものね。まさしくこれはバウムクーヘンエンドってやつね(笑)”

 アケミ、何てことを言いやがる。バウムクーヘンエンドだなんて……それってあれだろ? 惚れた女の結婚式に呼ばれて、引き出物のバウムクーヘンを、家でひとり寂しく食うってやつだろ? 縁起でもねぇ!

ゆき;“ほんとだぁー。春はお別れの季節ですものね。サヨちゃん、新しい出会いを探さないとですわ(笑)”

アケミ:“あ、パンケーキ、何時にする?”

ゆき:“えっと、4時で♡”

アケミ:“了解(笑)”

オッツー:“オレも(笑)”

アケミ:“あんたは、サヨちゃんと、桜木君と、どっかへ行きなよ!”

オッツー:“えぇ……”

 おい、アケミとゆき。そういうことを文字で書くな。文字ってのはな、凶器にだって変わるんだよ! 過去形だって? それさっき、グサリと俺の心臓に刺さったぞ。もっとこう、前向きな話題にしてくれませんか? お願いだ。オッツーよ、お前も耐えろ! 俺たちと、どっかへ行こうな……。

桜木“まぁ、まぁ、みなさん。落ち着いて(汗)温かい目で、お月様の今後を見守りましょう(笑)”

 言い出しっぺの桜木が、その場を静めようと動き始める。その助け船が、タイタニック号にならないことを切に祈る!

 コメントに残された“お月様”の文字。それに敏感に反応したのは女子の方であった。アケミは言葉の煽り運転を繰り広げ、恋バナ好きなゆきの反応は、まさに韓流ドラマさながらであった。

 あれ以降、事あるごとに奴らは俺を“お月様”と呼び冷やかした。こいつらとは腐れ縁。たぶん、これからも。ずっとこの関係は続くのだろう……悪い気はしないけど。

 のんは、それから仲間内から月にちなんで“かぐやちゃん”と呼ばれるようになった。いつからかコメント欄を通して、のんは放課後クラブの面々とも親しい関係を築いていた。

 それは俺にもうれしいことだ。のんだって、同世代の女の子である。これから、俺には対応できない話だってあるだろう。アケミとゆき、頼んだぞ。全てお前らに任せるからな。

 その願いは叶えられ、俺が返事をしにくい話題には、アケミとゆきが活躍した。二人には感謝している。俺の個人情報をリアルタイムで報告することを除いてな……。

 その一方で、のんと桜木は、一歩踏み込んだ会話をしているように思えた。その文面は、ふたりが昔からの知人だと錯覚するほどである。これまでのコメントのやり取りから、のんが成績優秀であることが既に判明している。今は進学校へ通っているらしいことも。

 のんと桜木との会話には、文脈中にふたつの意味が混在している。日本語でもそうなのだ。英語で会話されたらさっぱりだ。知能指数が高い人間同士。

 その会話が高尚すぎて、凡人の俺にはさっぱりだった……。

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