ショート・ショート『青きスーパームーンの夜に』

小説始めました

 誰もいない夜の海。

 僕は月を眺めていた。

 まだ見ぬあの子を想いながら。

 防波堤のパラペット。僕は、そのテッペンに座り込む。冷んやりとした潮風が頬を撫でる。それは、さしずめ天然のクーラーであった。日中の茹だるような暑さがウソのよう。バイトで火照った体を海風に当てながら、僕はスマホを手に取った。

 これでも僕は高校生ブロガーの端くれなのだ。記事を書く前、僕は必ず気になるあの子のコメントを探す。それが僕の日課であり、記事を書く原動力だから。あった、あった、今日もあった(笑)。

 あの子からのコメントだけにロックオン。ニンヤリしながら読んでいると、僕の左向こうから何かの気配を感じてしまう。目を凝らせて暗闇を覗くと猫?である。パラペットの上を伝い、ピーンと尻尾を立てながら、子猫がこちらに向かって走り寄る。

 なんだぁ、猫か。近所で飼われている猫なのだろう。猫も杓子も猫ブームってね(笑)珍しくもない。

 視線をスマホに戻すと同時に、小さな靴音が耳に飛び込んだ。その音は、小さくて、軽くて、軽やかな、テテテテテという感じであった。もしかして、もう一度見直すと、子猫の少し後方に小さな女の子の姿がみえた。

 やばいよ、やばいよー、落ちるって。

 パラペットの反対側は海である。バランスを崩せば海に落ちる。こんな場所を走れるなんて、猫か『さるとびエッちゃん』くらいのものだ。

「止まって、止まって、落ちるって!」

 僕は、女の子に向かって声を掛ける。子猫は、僕のズボンに爪をかけてよじ登ろうとし始めた。可愛いけど、今はそれじゃない。両手を振ってストップをかける。けれど、女の子のテテテテテは止まらない。止まったのは僕の目の前に立ってから。子猫はというと、僕の首の裏で身を潜めている。お前、可愛いな。でも…暑い…。

「どうしたの? ママはどこ?」

「ねこちゃん、かえして」

 僕の話を聞いとくれ。

「あ、ごめん、ごめん」

 首の裏に右手をまわして、僕は、子猫の首根っこを捕まえた。そして、そのまま子猫を女の子に手渡した。

「はい、どうぞ(笑)」

 女の子は子猫を抱きかかえ、さも当たり前のように、僕の真横に座り込んだ。うん、控えめに言っても迷惑だ。だってそうでしょう? これはもう、通報レベルの状況である。てか、何でキミ、平然な顔してそこに座った? 女の子は、子猫の頭を撫でながら大きな月を見つめている。ここから動く気などないらしい。

 でも大丈夫。きっと、近くで親が見ているのに決まってる。昭和でも平成でもなく、今は令和の世の中だから。幼児虐待、それはない。両親はこの近くにいるはずだ。

「ママはどこ?」

「ママはいないよ」

 しまった! この子、シンパパの方だったか? どうにもこうにも高校生にちびっ子の相手は難しい。女の子だけにハードルも上がる。

「じゃあ、パパは?」

「パパもいないよ」

 終わった…

「じゃあ、おうちは?」

「おうちもないよ」

 はーい、ゲーム終了。

 これ以上の質問など持ってない。つまり、今、僕の青春が終わりました。人生が終わったのかも知れません。これからお巡りさんに怒られる。そんな近未来がスキップしながら僕の脳裏を通り過ぎた。控えめに言っても地獄である。

「月がきれいですね(笑)」

 女の子が話しかける。

「そうですね(汗)」

 これ以上の語彙を僕はしらない。

 歳の頃なら四、五歳だろうか? こんな夜中に小さな子を放ってもおけない。でも、子どもの相手のやり方など僕は知らない。この世に産まれてとお七年ななとし。人生最大の危機が訪れて、今日もサヨリは元気です。このブレーズはブログ主の事情の方か(汗)

 けれども───だ。

 もうすぐクラスメイトがここに来る。今夜の月は特別だから。この子の件は、みんなと相談してから次の手を打とう。それまでは、何かを話しながら場をしのごう。でも、何を話せばよいのだろうか? 日曜の朝の魔法少女の話題なんてどうだろう? 焦る心とは裏腹に時間だけが過ぎてゆかない。誰でもいいから…誰か…はよ来い。途轍もなく、重い時間が全く過ぎない。

「オッツー(笑)」

 親友よっ!。

 それは、クラスメイトのシュウジであった。よく来たシュウジ。よくぞこの場に来てくれた。地獄に仏とはこのことである。

「待ってたぞ、おい。こんなにお前を待ちわびた事など今までなかった」

「ごめん、ごめん。今夜、うち、焼き肉パーだったんよ。わかるだろ?」

 うん、───わかる。

 だって、焼き肉パーだもんな。肉だもんな、動物性タンパク質だもんな、最後まで喰いたいよな。わかりみが…深い。月見なんて後回し、肉を食い尽くしてから来たいよな。青春と書いて焼き肉だ。

 って事は、アケミの家は、回らない寿司とか何かのフルコースでも喰ってるのだろな。アケミは金持ちの娘だもんな。いつも冷蔵庫にマスクさんちのメロンちゃんが入ってるって噂だし。まぁ、うちの晩飯はスイカと素麺だったけれども。いいなぁ、焼き肉。

 いやいや、今はそんな場合じゃない。そう、そう、この子、この女の子。シュウジくーん!。キミは今、僕の救世主伝説なのだよ、今の状況分かってる? 喜びのあまり、僕の思考と口が回らない。僕は、となりの女の子を指さして、

「この子…」

 そう、口火を切ろうとする一瞬だけ早く、シュウジの口が先に開いた。

「ずっと見てたけど、お前、その子猫と話してたよな? そんなのさ、控えめに言ってもヘンだから? 悩みでもあるのか? 失恋でもしたのか? それとも好きな女でも出来たとか? いやそれ、ヤバいって!」

「でも、ここに…」

 女の子は僕を見上げてキョトンとしている。その隙に、また子猫は僕の首の裏側に逃げ込んだ。

 シュウジにこの子が見えていない…

 想定外に僕の脳は大混乱。いるって、ここにいますって。だってほら、僕のすぐ隣におかっぱ頭の女の子が…。

 八月最後の満月の夜。

 それは、スーパームーンと、月食と、ブルームーンとが重なる夜の出来事だった。防波堤のパラペット、止まる潮風、アケミの登場はもう少し先。困惑したシュウジの顔と、おかっぱ頭の幼女の顔が、深く僕の記憶の中に刻み込まれた。

「オッツー(笑)」

 アケミ姫、ひまわり柄の浴衣ゆかた姿でお出ましだ。

 この続きは、いつかどこかで(笑)

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