のんちゃんのブログ王〝006 中1の夏〟

小説始めました

006 中1の夏

 中1の夏休み。

 俺は去年のリベンジに燃えていた。右も左も分からない、そんな小学生が初手から炎上を巻き起こしたのだ。火事になれば野次馬も集まる。そこからの全削除。その屈辱を乗り越えて、今日も俺は記事を書く。校長室と、俺の波乱と、オカンの雷を呼び込んだじいちゃんのカブトムシ、あれから2度目の夏が来た。

 アホな少年の生き様を、たまに覗く読者もいるのだろう。アクセス推移も、一定のラインから減少することもなくなった。ささやかな数字だけが、俺のモチベーションの源である。きっと、読者の多くは同世代。それは、何となく理解している。ならば、この夏の記事ネタも、去年と同じに決まっている。夏休みの自由研究でいってみよう!

 この夏のターゲットは、近所の野良猫である。そのヒントになったのが、我らが放課後クラブのお嬢様、ゆき嬢である。中学に入ったお祝いに、ゆきパパが仔猫をプレゼントしたのだ。愛くるしい仔猫の姿を、放課後クラブの面々が、ひと目だけでもとゆきの家に押しかけたのだ。

「いつ来てもデカい家だよなぁ……」

 料亭旅館のような豪邸の前で、思わずオッツーがため息を漏らす。ひのき作りの玄関だって、俺の部屋よりもずっと広い。ベッドさえあれば、ここで寝泊まりしても不快ではない。

「みんな、早く、早くぅ。待ってるわよ、ジュリアーノ(笑)」

 出迎えたゆきが俺たちに手招きをする。

「ジュリアーノって猫の名前か?」

 オッツーが俺に耳打ちした。たぶん、そうなのだろうな、ジュリアーノとはご大層な名前だな。俺たちが、仔猫に抱く期待値がさらに高まる。ジュリアーノ……俺んちだったら、その名はないけど……。

 ゆきの部屋は、長い廊下の先にある。その距離は、玄関とゆきの部屋との間でキャッチボールができるほど。パジャマパーティで初めてゆきの家に泊まった時、この廊下でオッツーと駈けっこしたのが昨日のようだ。

 さすがは、金持ちの娘である。俺の部屋の広さの何倍もある。不思議なことに、この部屋には勉強机もベッドも見当たらない。この奥にあるゆきの寝室の扉を開ければ、俺の家より巨大な部屋が、そこにあるのかもしれないぞ? その証拠に、目の前の巨木だ。

「これって、キャットタワーってやつだろ?」

 俺の口から、ため息にも似た言葉が漏れた。

「そうよ(笑)」

 小さな仔猫に不釣り合いな、巨大なキャットタワーの存在感。それは、庶民のイメージとは異次元であった。キャットタワーの高さは2メートルほど。でも、ペットショップのそれではない。まさに猫の木、巨木であった。生きている樹木、生木である。

 その樹木から伸びた太い枝に、ベッド、ハンモック、料理に使うような透明のボールが取りつけられている。中で眠る猫をボールの底から撮影すれば、映える写真が撮れるだろう。

「なぁ。七夕は、キャットタワーに短冊を飾るのか?」

 オッツーがゆきに問う。それには、俺も同感だった。

「そだお。今年の七夕は、大きな竹に飾ったのよ、フフフ……」

 やっぱりか。

 続けてクリスマスの出番だな。そう思ったけれど、それは空しい。それとは別に、猫の木に虫とか湧かないのか心配になった。前振りが長くなったが、話を仔猫に戻そう。

 ジュリアーノは、真っ白な毛色で、右がイエロー、左がブルーのオッドアイの持ち主だ。純白の体毛は、今は短いけれど、成長につれて長くなるのだという。小さいながらも、エレガントという言葉が似合う仔猫である。いやらしい話だけれど、ゆきの家からの帰り道。オッツーと、スマホで仔猫の値段を調べたのは言うまでもない。

 ゆきはアケミのひざの上に、ジュリアーノを乗せてあげた。すると、アケミの表情が天にも昇るような微笑へと変化した。デレデレである。オトンがツクヨを膝に乗せた時の顔と同じだった。

「ゆきちゃん、ゆきちゃん、この子、可愛い」

 仔猫を抱いたアケミの反応は、そりゃもう、凄まじかった。何かに取り憑かれたように小さな頭を撫でまわしている。

「ね、ね、ね。可愛いでしょ」

 ゆきもアケミの反応に同調する。

「可愛いねぇ。この子、抱っこしたまま持って帰りたーーーい!」

 アケミが仔猫を連れて帰る素振りを見せると

「だめぇ~」

 ゆきは、ジュリアーノをアケミの胸から取り返した。おい、そこのジュリアーノ。可愛いのも大変だな。俺の目から見ても仔猫は可愛い。でも、それほどか? 俺は驚きと共に、猫の影響力を実感した───男子はカブトムシ、女子は猫だな!

 その時、俺は決めたのだ。近所の野良猫の生態観察。それを、研究テーマにするのだと。こいつは、去年のカブトムシを超えるはずだ。冷めやらぬ興奮を胸に秘め、俺はグルグルと腕を回した。両親から“重なる猫写真の禁止令”が出たのは言うまでもない。その禁止令は、釘というよりも杭であった。

 にゃんこは、ネットのスーパーアイドル。

 俺の記事に猫が加わると、嫌でもブログアクセスはうなぎ登り。ブログのコメント欄が、野良猫効果で賑わい始める。その賑わいは、2学期の中頃まで続いた。その書き込みの中にのんもいた。でも、多くの書き込みに紛れて存在感は薄かった。書き込み回数の少なさも手伝って、あまり俺の印象にも残らなかった。

 しかし、ブログの読者はいずれ去るもの。

 1年間も毎日、ブログを書いているのだ。それを直感的に理解している。どれほどの人気があろうと、日曜日の朝の魔法少女だって、戦隊だって、ライダーだって。翌年に新番組が始まれば、人気は次世代へと受け継がれる。そう、人は必ず飽きるのだ。誰だってそれは同じ。ブログだって同じである。

 どれだけ褒められても、褒めてくれたその人でさえもが、数ヶ月後には消えゆく存在なのである。夏休みが終われば、猫の記事も減る。猫が目当てだった読者たちは、蜘蛛の子を散らす勢いでコメント欄から姿を消した。

 それは、昨年の炎上体験と似たようなものである。あれだけ話題になったカブトムシだって、そうだった。ネットの世界で、チヤホヤなんてのは一瞬だ。それを、俺は気にも留めない。淡々と書くだけだった。

 どんなにコメント欄が寂しくなっても、のんだけは違っていた。高3になった今でも、のんは俺のブログの読者であり続けている。最高の読者とは、彼女のような人を呼ぶのだろう。

 中2の春。

 彼女からのメールには、こんな文章が書かれていた。

───カブトムシの記事のころから、ずっと、あなたのブログを読んでいました。これからもずっと読みます。

 もうね、俺がイケメンだったら、今すぐにでも会いに行きます!

 瀬戸の海を眺めて育った俺たちと、のんは同じ時間を過ごす同世代。富士山が見える街で育ったのんには、のんのドラマがあった。

 ここからは、のんとゆいとの物語である。

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