のんちゃんのブログ王〝009 ラノベ作家 旅乃琴里〟

小説始めました

009 ラノベ作家 旅乃琴里

 俺たち放課後クラブのメンバー全員、無事に中学を卒業した。そして今、高3の2学期を過ごしている。その間、誰ひとり恋愛成就を為し得なかった。それがとても残念である。

 のんがいる俺だけを除いてな(笑)

 俺は、炎上チャンスを狙うブロガーになっていた。そんな俺のブログに大事件が起こった。有名人からのコメントが入ったのだ。コメ主は、今をときめく旅乃琴里たびの ことりだ。さしずめ、村の盆踊りにトップアイドル登場である。予期せぬスターの降臨に、俺のブログは萌えに燃えた。

 俺だって暇じゃない。年がら年中、ブログをチェックしているわけでもない。コメントを読むのは就寝前だと決めている。

 俺のブログの異変に気づいたのは、我らが放課後クラブのアケミであった。女子高生のアケミには、BL小説をこよなく愛す同人作家の顔もあった。俺にとっては、可愛い姪っ子ツクヨとの接点を切りたい相手だけれど……。

「どいて、どいて、どいてぇー!!!」

 戦争か?って勢いで、教室の扉がガシャンと開く。カチコミか? それとも、まさかの突撃ですか? 扉に向かって、クラスメイトの注目が集まった。なんだよ、なんだよ。どうしたよ?

 俺の貴重な昼休み。アケミが俺の教室に飛び込んだのだ。ブンブンと、俺に向かってスマホを振って騒いでいる。

「サヨちゃーん。ニュース、ニュース、大ニュース!!!」

 やめてくれ。大声で俺の名前を叫ぶのは。

 今日のアケミのターゲットは俺だった。俺は開けたばかりの弁当のフタをそっと閉じ、机の上に深々と頭を垂れた。終わったな、俺の貴重な昼休み。

「ねえ、ブログ見た? あんたのブログ。今、大変なことになってるわよ」

 アケミとは幼稚園からの付きあいだ。大概のことなら何でも分かる。でも、今日のアケミの興奮ぶりは、いつもと違って穏やかじゃない。

 1階のアケミの教室から、3階の俺の教室まで。ダッシュで、階段を駆け上がってきたのだろう。鼻息を荒げたアケミの顔は、明らかに酸素不足の色をしていた。

「うっせーなぁ。誰のブログがじゃ?」

 俺がぶっきらぼうに返事をすると、かぶせ気味にアケミが吠えた。

「あんたのに決まってるでしょ! さっき『あんたの』って言いました! もうね、凄いことになってんだから。あんたの駄文に、琴里様がコメントを入れたのよ。あの乃琴里。あんたのブログ、ただいま絶賛炎上中なんだから。もう、丸焦げよ! 焼き鳥よ!」

 “あんた”の言葉が耳に障る。世の女子が“お前”と呼ばれるのが嫌なのも、こんな気分になるからだろう。これからは気をつけないと。

 その前にアケミさん、まずは大きく息をしろ! このままじゃ、酸欠で死ぬぞ?

「焼き鳥か? そりゃ美味そうだな。それよりもアケミ、俺のタオル貸してやるから汗をふけ」

 これじゃ、せっかくの美貌が宝の持ち腐れである。黙っていれば、映画の人っぽいシュッとした顔立ちなのに勿体ない。てか、こっちは飯の途中なんだよ。やかましいから黙ってろ。仕切り直しとばかりに、俺は弁当のフタを開けた。

 とはいえ、アケミの興奮にも頷ける。

 旅乃琴里はラノベ作家である。俺が中1の秋、処女作『十ヶ月の奇跡』で書籍化を果たした。中学生デビューというのも相まって、映画化、ドラマ化、アニメ化までされたのだから恐れ入る。デビュー当時の旅乃琴里はJCパワー全開だった。

 歳の頃なら同世代。もしかしたら同級生。今ではJK作家として名を馳せている。別名、ラノベのプリンセス。嘘かホントか尊敬する作家は、山本周五郎やまもと しゅうごろう大先生である。ただ不思議なことに、それ以外の情報がまるでない。

 有名になれば、有名じゃなくても。映画監督、脚本家、漫画家、作家でさえもが動画配信を始める時代だ。それをやらない旅乃琴里は、ファンの夢を壊さなかった。出版社も徹底した秘密主義をつらぬいた。それは、まことしやかにAI作家疑惑が流れたほどだ。

 そのミステリアスさも、旅乃琴里人気の後を押した。その戦略は正解だったと俺は思う。これまで幾度も“がっかり”を経験させられた身としては。

 彼女を一言で表すなら天才である。“叶わぬ恋”を書かせれば、そうそう右に出る者などいないだろう。彼女が書く小説は、全国の女子高生の涙を誘った。新作が出版されるとベストセラーに輝くのだ。

───昼にも夜にもなれない夕暮れ時……。誰もいない公園で、わたしは空に向かって文字を書いた。あの人の名前を書いて、口に出せない七文字を書いてみた。わたしの指をなぞるように、ひこうき雲が伸びてゆく。あなたの名前をわたしは呼びたい。

 俺の名前を呼んでくれ!

 なんともまぁ、心に刺さる文章を書く。あんなの書かれちゃ誰でも泣くさ。そりゃもう、ドラ泣きだ。恋は所詮下心っていうけれど、叶わないんだぜ、この恋は。会ってやんなよ、相手の男。

───その旅乃琴里だぜ。

 一般高校生のブログに、コメントなんてあり得ない。天地がひっくり返ってもあり得ない。だから、俺は冷静に対処した。対処しようと心がけた。有頂天に喜んで、ぬか喜びにでもなった日にゃぁ、目も当てられないのが目に浮かぶ。

 俺だって、数々の事例をネットで目撃してきたのだ。この程度で喜んでいたら、ブログなんてやってられない。中学のころを思い出してみろよ。偽の有名動画配信者が、俺のブログに書き込みしたんだぜ。まぁ、あれは、どっきり動画になって、ブログの宣伝になったけれど。

「知ってんぞ、それ嘘だろ? てか、駄文って何だよ? 失敬な!」

 俺にも思い当たる節があった。旅乃琴里を記事ネタにしたのだ。それは、記事ネタとして最高だった。叶わぬ恋といえば旅乃琴里だ。その人気に便乗した記事は、アクセス稼ぎに適役だった。

 だから、アニメ放送直前の『十ヶ月の奇跡』に的を絞ったのだ。俺はアケミに借りた書籍で、考察記事を書いたのだ。ブームを予測し記事にする。それは、トレンドブログのセオリーである。

 その記事へのアクセスグラフは、俺の予測を遙かに超えた。V字回復どころか、グラフの角度が直角だった。アクセスラインが天を目指して伸びていた。

「怖いくらいに、跳ねてんな……」

 そりゃもう、そのグラフを目の当たりにすれば、我が人生に悔いなしだ。それほどの反響があった。

 だがしかし。

 この程度で、本人からコメントなど入らない。俺のブログに書き込むメリットがないからだ。きっと、誰かの“なりすまし”に決まってる。書き込み主が、アンチでないことを祈るばかりだ。一度でもアンチに粘着されると、後で何かと面倒なのだ。

 この一件、旅乃琴里のファンの可能性が高い。失礼のないように丁重にお返事をしてから、消えるように逃げるとしよう。

 けれど、アケミの興奮は冷めやらない。右手に握りしめたスマホの振り幅が、徐々に大きくなっている。もうそれ、やめとけば? お前のスマホがかわいそうだ。壊れる。

「とにかく読んでみなさいよ。あんたさ、ブログ王にされちゃってるわよ。あのブログ王よ、十ヶ月の奇跡のぉぉぉ!!!」

 そこは、同人作家のアケミである。同じ創作を手掛ける者として、コメント主が旅乃琴里ともなれば、アケミだって一歩も引かない。アケミは彼女の大ファンだから。これを機に、俺を踏み台にしてでもお近づきになりたいのだろう。

 その魂胆はお見通しだ。浅はかな女だな、やめとけよ。てか、お前の“のぉぉぉ”は、いつ見ても絵文字のそれにそっくりなのな(笑)

「なんだよ、ブログ王って……」

 面倒くさそうな俺を尻目に、アケミが何かを思い出した。まだ話の途中なのに、いつもに増して忙しい女だ。

「あ! そういえば中学の時。かぐやちゃんから、初めてのコメントにもあったでしょ。覚えてる? 『カブトムシさんは、ブログ王になる人です』って的なこと。そう書いてあったでしょ? まっ、今はそれじゃないわ。そんなことよりも旅乃琴里よ! 早くあんたのコメント読んでみなさいよ!!!!」

 ブログ王……確かにのんは書いていた。

 のんからの初コメは、多くのコメントに紛れて印象にも残らなかった。けれど今の俺には、のんからのコメント全てが宝物だ。最初から何度も読み返すに決まってる。俺には初耳だったけれど、あれか? ブログ王って、当時、JC界隈で流行っていたのか? 『十ヶ月の奇跡』と、どっちが先だか知らないけれど……。

 俺は渋々、自分のスマホでコメント欄に目を通す。うん、間違いない。偽物だ。天下の旅乃琴里に限ってこれはない。褒めすぎだ。だから、なりすましに決まってる。こんなの出版社の担当が許さない。

☆☆☆☆☆☆

名前:旅乃琴里:投稿日:20xx/10/10(x) 17:28:04

はじめまして。

わたしの著書、『十ヶ月の奇跡』への考察を拝読しました。あなたの記事を読みながら、作中に登場する“ブログ王”と、あなたの文章とが重なりました。文字だけで勝負する。それは小説家も同じこと。わたしのイメージにぴったりなブログと出会えたことに感謝しています。これからも頑張ってください。それでは、ひとりの読者にもどります。ありがとう。

旅乃琴里より

☆☆☆☆☆☆

 本物ならうれしいけれど、彼女のキャリアに傷がつく。だから、天地がひっくり返ってもそれはない。そうなったら、ブログ収益だけでビルが建つ。

「フン!」

 そのコメントを、俺は鼻で笑い飛ばした。すると、後ろの席のオッツーが、俺とアケミとの間に割って入った。狭いって……そして、近い。そもそも、お前。デカすぎなんだよ。

「お前にゃ、かぐやちゃんがいるかならなwww。ところで、彼女と何か進展あった? ねぇ、早く告れよ。お・つ・き・さ・まぁ~ん♡www」

「うっせーわ。お前は変身ベルトで変身してろw」

 そのニヤケ顔に腹が立つ。俺は箸を弁当のウィンナーに突き立てた。それができれば苦労はしないさ。俺の怒りなどお構いなしに、オッツーの言葉の刃が畳み込む。

「でも何で? かぐやちゃんに、写真とか送らないのさ。写真くれつーのは変態だけど、そろそろ自分の写真くらい送ればいいのに」

 そう言いながらオッツーは、俺にスマホを向けてシャッターを切った。やめてくれ、俺の命が汚れる。

「あの子はね、俺のブログが好きなの。俺の文字が好きなの。俺じゃないの。写真なんて送ったら……」

「送ったら?」

 ふたりでハモるな! その笑顔がシャクに障る。

「夢が壊れるだろ?」

「何で?」

 だからハモるな! ハーモニーをかなでるな!

「だって、これだぜ」

 俺は、自分の人さし指を己の鼻っ柱に突き立てた。

「あぁ……」

 そこは慰めの場面だろ? やさしい声掛けのひとつもあるだろ? だんまりはないでしょう? そんな目で俺を見るな! 沈黙で俺をいじめるな! アケミとオッツーの沈黙に耐えかねて、俺は廊下のふたりに視線を移した。

 隣のクラスのゆきと桜木が、いつものように窓越しに俺たちを見ている。桜木は微笑み、ゆきは小さく手を振った。アケミとオッツーが“動”であるなら、桜木とゆきは“静”である。放課後クラブは、これでバランスが取れているのだろう。俺の立ち位置は“乱”だろうか?

 いつもそう、いつだってそう。アケミが騒ぐと“放課後クラブ”が集結するのだ。味方にすると頼りになるが、敵に回すと厄介な放課後クラブは、そんな連中の集まりだった。転校生の桜木は、俺が無理矢理ねじ込んだ(笑)

 放課後クラブを命名したのは、天使だったころのゆきである。

「ねぇ、みんなー! ほおかごにあつまるから、ほおかごくらぶねw あたくしが、きめましたのよ オホホホホ……」

 俺たちが成長するにつれ、何度か放課後クラブにも改名の危機があった。けれど、名づけ親のゆきは涙でそれを阻止した。男どもは本能で悟る。女の涙は無敵であると。ゆきの夢は、庭にふたつ目の噴水の設置である。

 庶民の俺に金持ちの感性なんて、一生懸けても分からんけどな……。

コメント

ブログサークル