何か美味しいものでも作るね!おはるの台詞が地味に沁みる

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───何か美味しいものでも作るね。

それは剣客商売、秋山小兵衛の恋女房おはるの台詞である。何話か忘れてしまったのだけれど、こんな感じのセリフだったと記憶している。

池波正太郎原作、剣客商売(藤田まこと版)がテレビ放送されたのは1998年の事である。僕が初めてホームページを作った想い出深い年でもある。ネット世帯普及率は10%で、その年のヒット曲は夜空ノムコウ。

───PC市場ではWindows98が発売された。

「ホームページ持ってるの?、凄いね」と言われ、「パソコン買うからついて来て」と頼まれ、同行したヤマダ電機で声高らかに「インターネット下さい!」の爆弾発言も、それを右から左へ受け流す店員さんも、全てが昨日の出来事のよう。僕の背中を大きく揺らしたお爺ちゃん、今でもご機嫌さんでiPadを操っている。

───その一方で、テレビは娯楽の王様だった。

剣客商売の目玉は小林綾子と藤田まことの夫婦共演だけれど、おしんと中村主水が邪魔をした。おしんだったら、主水だったら…。はまり役同士の化学反応が厳しくて、話が全然入ってこない。それは一種の拒否反応。30代の僕が見た剣客商売の印象は決して良いものでは無かった。つまり、面白いとは思わなかった。

───刻は流れ、僕の歳がAKBに接近した頃。

コロナが始まる数年前、剣客商売が地上波で再放送された。仕事仲間が剣客商売大好きっ子で、見たくも無いのに見せられた。ある意味で拷問である。ところが黙って見てると、これがどうして面白い。拒否反応が起こらない。料理のうんちくもお説教もすんなり聞けた。ところで、こんなに可愛かったっけ?、おはる。おはるの何が良いかって?、アレだ…何話か忘れたけれど「何か美味しいものでも作るね」って台詞にキュンとする。

───今のドラマでこのセリフってある?。

それは昭和のドラマで使い古されたフレーズで、日常生活でも頻繁に耳にした響きでもあった。ところが昨今、それを耳にした記憶が無い。放送禁止用語とか差別用語にでも指定されたのだろうか?。優しくて耳障りの良いフレーズだと僕は思うのだけれど、多様性の時代には不適切なのだろう。

右往左往を繰り返し、今のスタイルが着地点。けれど理想には程遠く、おはるのような味が出せない。「何か美味しいものでも作るね」それを口に出すのは簡単そうに見えてそうでは無い。自信を手にした者だけに許された魔法の言葉なのである。僕のブログにそれが足りない。

───だがしかし。

ここまで来たからまだやれる。明日の記事は手付かずで、先の事など分からなく、数秒先すら見えやしない。毎日が綱渡りのボリショイサーカス。でも大丈夫、ロープからは落ちてない。手も動くし足も動く、頭は偶にフレーズするけど、コメントへの返事だったら大丈夫。サヨリは今日も元気です。

問題は文才とか、筆才とか、文藻とか、語彙力と言うヤツで、凡人の僕にはどうにもならない。わが文は我流、我流は無形、無形ゆえに自分ですら読めぬ!。それでも勇気を絞って書いてみる。

─── 何か面白い記事でも書くね。

じゃ、また明日(笑)。

コメント

  1. おはる、確かに‥キュン‥だ。無性に愛しい‥。でも、おはるの自信、多分、料理の腕からくる自信では無いよね。自分は愛されてるっていうトコからくる自信。ある意味、サヨリさんと同じ。靴の中に何してもいいの、受け入れてもらえちゃうから。もう、何を作っても美味しい。文句なんか無い。そこに愛と息吹きが感じられたなら、あなたが作ったなら‥、もうね、そこまで行っちゃった領域。技術がたどり着け無い領域。1番単純で、1番難しいトコです。。じゃ、待ってるね。また明日(笑)

    • 年齢という踏み台の上から見ると、違うものが見えて来ますね。自分の愛情に自信があると言うのも納得です。割と最近、このブログが愛されている気がしています。何か面白い事でフルコースを書かないとですね(笑)。

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