───すぐに来て!、来れるやろ?
すぐは無理、今日は無理、明日だって微妙だった。
あのね、貞子だってビデオを見てからクルまでに、それなりの準備ってものが必要なの。人気者だから、今も昔も一週間待ちは当たり前。彼女だって、井戸の中で遊んでんじゃないから。乙女だからね、ほら、化粧とか、衣装とか、身だしなみとかあるでしょ?。出会ったその日にどうこうなるほど、貞子は尻軽女じゃない、つーの。それは、僕も同じだよ。
───潔癖にして、堅実にして、ド真面目過ぎるホラークイーン。貞子は一週間後に電話を鳴らす。
そこには、奥ゆかしさとか恥じらいってものしか感じない。古風な大和撫子なところが人気の秘密。ところがどうだい、この爺さん。10分おきに着歴を残す。チョットしたストーカー気どりか?。どんだけ僕と呪術廻戦したいの?。ヘイ、ヘイ♪。70を過ぎた頃から、”せっかちなかたつむり”が止まらない。
───爺さんとの付き合いは古い。
初めて会った頃の爺さんは、今の僕の年齢よりも若かった。僕も20代の終わり頃だったっけ。そう思うと30年来のお付き合いですか。時の流れは早いですね。でも、これはこれ、それはそれ。僕のドS心に火が付いた。面白いから、暫らく焦らそう。十分に焦らしてから電話を掛け直そう。
───あれが、緑。それ、ほら、黄色。おかしいんや!。分かるやろ?
うん、分からん。おかしいのは…アナ…いや、何でもない。
コナン君だって、はじめちゃんだって、この事件は分からんと思うぞ。主語も述語も無いんだもの。あれと、それと、これと、ほら。長年の付き合いの経験則から察すると、どうやら、ナニの調子が悪いようだ。分かった上で「は?」「へ?」を僕は繰り返した。そうしていると爺さんのイライラが沸点を越えて、殺し文句が飛び出した。
───ワシにはもう、時間が無いんじゃ!
それは分かる、二つの意味でな。
ここが黄色いさくらんぼ
───成就が先か、成仏が先か…
捲し立てられるように、僕は爺さんの元へ向かった。あれの正体は予想通りiPadだった。問題解消まで23秒。直ぐには帰してもらえ無い。もらえた試しは一度も無い。そこから30分の雑談というところか…。
───ここが黄色いやろ、黄色いさくらんぼやろ?
解説しよう。
エバ、マリア、ルナ、ユミ。これが分かるアナタ。そりゃもう、お友だちです。
1970年代、”ゴールドンハーフ”というアイドルグループが人気を博した。彼女たちのデビュー曲の題名が「黄色いさくらんぼ」。”黄色い娘が、うっふん♪”の歌詞とメロディーが全世代に渡り浸透した。当時を生きた男なら、そんなの赤ちゃんだって知っている。
つまり、50代、60代、70代男性が、黄色いものに”さくらんぼ”を付けるのは至極自然な事なのです。その点は察してあげて欲しいと切に願う。
要するに、電池マークが黄色いさくらんぼなのが気に喰わないらしい。若葉色に戻せと執拗に懇願する。そりゃ、デフォは緑だもの。黄色は、”低電力モード”に切り替わった証だもの。バッテリーを省エネしている色だもの。
───壊れるんか?、壊れたんか?、また金が要るんか?、なんでやぁ~!
iPadの設定を変えた犯人が、犯人なのに滅茶苦茶iPadを心配していた。僕は、ゆっくりと天井を見つめ、ため息をつきながらこう言った。
───犯人は、おっさんやで…
残り10%を切った時に低電力モードの切り替えメッセージが出たのだろう。”低電力”の文字に反応して「はい」を押したに違いない。つまり、犯人はアナタ。お前だ!。
───わしは悪くない、わしは何もしていない、わしは、わしは…
やかましいんじゃ!、ネタは上がってんだよ、科捜研の女を呼ぶぞ、ゴラァ。良いから僕にそのiPadを寄こしなさい。僕は爺さんからiPadを取り上げ、”設定”を開きバッテリーの設定をデフォに戻した。
※注意:個人情報云々があるので、画像は僕のiPadのプリントスクリーンを使用しています。
───じゃ~ん!ミドリ色で~す
ス~っと、爺さんの眉間から皺が消えた。憑き物が落ちたかのように、iPadの画面を嬉しそうな笑顔で愛で始めた。ミドリ色の電池マークを指で擦りながら、爺さんは僕に問う。
───で、何でや?
やれやれ、本番はこれから…。
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