オッツーは待っていた、何日も何日も待っていた。
日曜日の午後の時間帯。ある男が道の駅で休憩する。そんな噂話を聞きつけて……。そこで、彼が自動販売機でコーラを買うらしい……雨の日も、風の日も、オッツーはひたすら彼を待ち続けた。あの人にオレはなる! そんな闘志を心に秘めて。
小六の夏休み。道の駅で張り込みを始めてから半年後。オッツーは、ようやく彼の姿を見つけた。それは、サイクロンで公道を走る仮面ライダーの雄姿であった。憧れの男を目にしたオッツーは、無心で彼の元へと駆け寄った。
「あの……はじめまして。僕は尾辻正義と申します。半年間、ずっとアナタを待っていました」
「初めまして、半年も待っててくれたの? なんか……ごめんね。僕の名前は本条尊。響きが本郷猛と似てるだろ? あっ、そのベルト。僕のと同じだね」
彼はクラッシャーを解放させ、マスクを脱いで素顔を見せた。ライダーマスクの中から渋いおっさんが顔を出す。浪花節のおっさんだった。本条が顔を見せた途端、オッツーは豪泣きした。本条が慌てるほどの泣きっぷりだ。
「ごめん、ごめん、ごめん。なんか……ごめん」
終始、本条は謝り続ける。女の涙に敵なしというのだが、小学生の涙も向かうところ敵はない。大きな子どもの前で正義の味方もタジタジである。
全国には警察の許可を得て、仮面ライダー姿でツーリングする人々が存在する。偶々、路上を走る彼を見て、オッツーは調査し、この場所を突き止めたのだ。それから半年後、憧れの男と出会う。オッツーは、その喜びで涙したのだ……本条は悪くないのだが、謎の罪悪感からオッツーに自動販売機のコーラを買ってあげた。
「君は高校生かい?」
泣きじゃくるオッツーに、本条は優しく声をかけた。
「……小学生です。すんません、デカくて……」
「そうだな……デカいな……。あ。な、なんかごめんね……」
そう、オッツーの体は小学生で仕上がっていた。
「どうして、僕を待っていてくれたの?」
もう、本条は何が何やら……分からなくなっていた。ある意味でパニクっていた。オッツーの取り扱いにも困っていた。だって、そうだろ? デカい小学生が豪泣きしているのだ。放って行きたいけど、放置できない。
「ずっと、憧れていました!」
「僕に?」
オッツーの言葉に、本条は満更でもない顔を見せた。
「そのスーツに……」
「そう、スーツにね……」
本条は苦笑いだ。
そして、オッツーは本条に胸の内を語り始めた。仮面ライダーへの憧れ、正義への憧れ、警察官への憧れ。警察官になると決めた理由とシチューの秘密。憧れのヒーローにオッツーは、すべてを打ち明けた。本条は黙ってオッツーの言葉に耳を傾け続けた。その姿は、真のヒーローそのものだった。最後まで、オッツーの話に本条は口を挟まなかった。そして、オッツーの話が終わる。
「君にはそんな過去があったのか……仮面ライダー、好きかい?」
そう言うと、本条はオッツーの頭を撫でた。
「はいっ!」
本条からの問いかけに、オッツーは大きな声で返事をした。
「今日はありがとうございました。憧れの人とお話ができて、本当にうれしかったです」
オッツーは本条に頭を下げた。自転車で家に帰ろうとするオッツーを本条は呼び止めた。
「尾辻君、待ちたまえっ!」
本条の呼びかけに振り向くオッツー。本条はオッツーの住所と電話番号を聞いた。そして、確認するように質問をする。
「来年、君は中学生になるんだね?」
本条はニヤリと笑った。
「はい。そうです」
オッツーは明るく答えた。
「じゃ、来年の桜の季節を楽しみに待つといい。きっと、すごいことが起こるだろう」
そう言い残すと本条はライダーマスクを装着し、サイクロンで道の駅から走り去った。本条の姿が見えなくなるまで、オッツーはサイクロンに向かって手を振り続けた。
(カッケーなぁ……会えてよかった)
オッツーは大満足で帰宅した。その日の夏休みの絵日記は、数ページにもわたる超大作になったのは言うまでもない。
───翌年四月、入学式の日。
入学式から帰ると、オッツー宛に大きな大きな荷物が届いていた。送り主は仮面ライダー。本条からである。
「ぬぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
段ボールを開くと、オッツーは歓喜の雄叫びを上げた。中には、ライダースーツとマスクと手紙があった。
───尾辻君、中学入学おめでとう。もし君さえよかったら、将来、僕と一緒にツーリングができたらいいな。その日まで、僕のスーツとマスクを君に預けよう。もしもV3の姿を見かけたら、それは僕だと思ってほしい。一号の称号は、尾辻君こそふさわしい。でも、必要な時しか変身してはいけないよ。 本条尊より
オッツーが肩にツクヨを乗せた日のコスチューム。それは、本条からの贈り物であった。この日を境にV3とコーラを飲むオッツーの姿が、道の駅で再々目撃されるようになる。
───わたしのオッツー!
時折、少女の姿もあるとかないとか……。
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