飼い猫信長と野良猫家康(出会い)

ショート・ショート
水曜日(猫の話)

───四国のとある田舎町。

 とある民家の瓦屋根の上で、二匹の猫が睨み合っていた……。

「おい、茶色のわけぇ~の! 誰の許可を得て、そこで座ってる?」

 大柄なキジトラ猫が、スリムな茶トラ猫を威嚇する。

「うっせーわ。おっさんこそ目障りや! どっか行きぃ~な」

 若い茶トラも負けずと応戦。

「はっはーん! お前、飼い猫やな。赤い首輪なんてしやがって。そっか、そっか。世間知らずか。だから、ワイに楯突けるんやな。今日のところは大目に見たるから、家に帰って、ウンチして寝てろ。お坊ちゃまのボンボンに、外の世界は無理やで。外は弱肉強食の世界やからな」

「はぁ? この老害がっ! おっさんの方こそ、ホームレスなんやろが? 可哀想になぁ……同情するわ。にゃにゃにゃにゃにゃ」

 茶トラ猫の態度の悪さに、キジトラ猫の堪忍袋の緒が切れた。

「てめぇ、名を名乗れ!」

「オレの名前は信長や! オレが強く育つよう、ご主人様が戦国武将人気ナンバーワンの名前を授けてくれたんや。どや、愛情たっぷりな最強の名前やろ? 恐れ入ったか? お前みたいな年寄りは、下界でアスファルトに背中でも擦り付けてろ」

 信長の挑発に、キジトラ猫は不敵な笑みを浮かべながら口を開く。

「ほう、信長か……。ええ名前やな。まぁ、天下統一はできなんだけどな。でも、お前には、勿体ないくらいの名前やな。ご主人様に感謝しときや。そんでもって、二度と外には出てくるな。お前には、天下どころか、なわばりの統一やって不可能や。ほら、後ろ! 光秀が見てるで。にゃはははははは……」

「やかましわっ! おっさんの名前、言うてみろや? どうせ───大した名前でもないんやろ? ポチか? ジョリーか? パトラッシュか?」

「それ全部、犬やないかい! お前、ルーベンスの絵の前で泣かすぞ!……まぁ、世間知らずの飼い猫相手に、本気になるのも大人気ない……か」

 まじまじと信長の顔を眺めて、キジトラ猫は大きなため息を漏らした。

「しゃーねぇーな……ワイの名前を聞いて、腰抜かすなや」

 糸のように瞳孔を細めて、キジトラ猫は名乗りを上げる。

「ワイの名は、い……」

「あっ!」

 信長の睨む視線が下を見る。

「最後まで言わさんかい!」

 そこは猫である。興味が移ってしまうと、中々、元へは戻らない。

「お、おっさん! あの子……ベッピンさんやなぁ。タンマ、タンマ! ちょっと待っててな。すぐ戻ってくるから。逃げんなよ、キジトラのおっさん!」

 信長は一目散に屋根の下へと降りてゆく。

「なんやねん。ええとこやったのに……ほう、あの娘かぁ……」

 信長の向かう先に、白いメス猫の姿があった。メス猫は、しっぽを大きく膨らませ、優雅にブロック塀の上を歩いている。白猫は誰もが知ってるマドンナである。信長が目を付けるのも当然だ。

 キジトラ猫は知っていた。話しかけた瞬間に、信長が木っ端みじんに粉砕される未来を。何も知らない信長は、ルンルン気分でナンパを開始。
「ねぇ、そこのお嬢さ~ん! 暇? ちゅーる食べに来ない?」

「どちら様? 変態様? ならば容赦は不要ですね。そこの坊や、告ハラ(告白ハラスメント)ってお言葉、ご存知かしら?」

華麗なるやんのかステップからの猫パンチ。それに信長は、一発KOされていた。白猫の剣幕に、矢のようなスピードで屋根の上まで舞い戻る。

「すまん、すまん。待たせたな、おっさん。あの姉ちゃん、おっかないなぁ。でも、負けへんで! 絶対、嫁さんにしてみせっから。あんな上玉、見たことない。で、なんの話の途中やっけ?」

 何事もなかったかのようにシレッと戻る。こんなところも猫である。

「かくかくしかじか……でだ……」

 キジトラ猫もお人好しだ。

「そっか、そうだった。おっさんの名前だったな。で、おっさん。なんて名前なん?」

 キジトラ猫は、待ってましたと背筋を伸ばし、改めて名乗りを上げた。

「我が名は、家康ぞ。天下人とはワイのことじゃ! にゃはははははは……」

 決まったな。家康はそう確信していた。だが信長の返事は、家康の期待を大きく外れていた。

「そっか、家康。おめーいい奴だな! よろしくな」

 そっか、じゃねーだろ? と家康は思うのだが、信長には通じない。

「ところで家康」

「なんで呼び捨て?……まぁ、ええけど。なんや?」

 信長の奔放っぷりに、家康はすべてを諦めた。

「あの白い姉ちゃん。名前はあんの?」

「そりゃ、あるだろよ。あの娘は、ここいら辺りのマドンだからな」

 家康の言葉に、突如、信長が頭を下げた。

「おねげぇ~だ。家康くっふーん! 彼女の個人情報を洗いざらい教えてくれ!」

 家康は思う。こいつは、純正のストーカー気質だと。どうでもいいけど、名前の後に〝くっふーん〟はやめて……とも。そこも、若さに免じて許す家康。どうやら、家康という男は、実に情に脆いタイプのようだ。

「ほら、右側に赤い屋根の家があるやろ? 信長」

「おぉ!」

「あれが、あの子の家だ。そんでもってだ、信長。左側に青い屋根の家が見えるやろ? あれやじゃない! もっと左側にある家や」

「おぉ?」

「そこが、あの子の別荘だ」

「い……家がふたつもあるのか? オレ知ってるで。ご主人様とユーチュウで見た! それ、セレブちゅーやつやろ? な、な、そうなんだろ? 家康ぅ~!」

 ふたつの家に驚きを隠せない信長である。さすがは人間と暮らす猫だ。信長のステイタスへの弱さを家康は感じ取った。それを踏まえて家康は思う。この若造はチョロいと。チョロいと判断した途端、家康の口調が先輩気取りに変わった。

「信長。彼女の家は分かったな?」

「分かった! で、家康。彼女の名前は?」

 家康は思う。名前を知って、信長は喜ぶに違いない。そして、読者は驚くのだと。

「言うぞ、信長! 聞いて驚くなよ!」

 信長は真剣な面持ちで、家康の口が開くのを待つ。

「彼女の名前は……」

「彼女のにゃ前は?」

「ケイティだ」

 その日を堺に、このとある民家の瓦屋根の上で、並んで座る二匹の猫。その姿が頻繁に目撃されることになるのだが……。さて、何から書けばよいものか?(汗)

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