オッツー家のシチューの謎

ブログ王スピンオフ
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 その日。オッツーは学校帰りに三縁の家でゲームをしていた。オッツーが三縁の家で晩飯を食べる。それは、彼らにとって日常のひとコマでもあった。ただ、オッツー家がシチューの日だけは例外であった。

「悪ぃ~な。俺、これからブログ書くから」

 三縁は自分が使っていたゲームのコントローラーをオッツーに渡した。

「そっか。じゃ、ツクヨっちオレと格闘やる?」

 オッツーは、それをツクヨの手に渡す。

「やるやる。きょうは、オッツーにまけない!」

 三縁はブログを書き始め、オッツーはいつもの格闘ゲームでツクヨと対戦を始めた。その時すでに、幼きツクヨの格闘センスは、ゲームの天才の片りんを見せていた。

 到底、三縁クラスの腕前では、ツクヨの相手にならない。なのに、幼きツクヨは手加減を知らない。唯一、ツクヨと対等に戦えたのが、仮面ライダー格闘ゲームで指先を鍛え抜いたオッツーだけであった。

 ふたりがゲームに興じているのを横目に、三縁は執筆に集中し始めた。ゾーンに入ると、三縁の耳に何も入らない。その集中力は30分ほどで切れるのだが、それで三縁には十分だった。記事を書き上げた三縁は、ふたりが激闘を繰り広げるゲーム画面を眺めていた。

(こいつら……プロにでもなるつもりかよ? まるで指の動きが見えん!)

 所狭しと画面の中を飛び跳ねるキャラの動きが、双方とも神の領域に達していた。

「ここまでね、わたしのオッツー!!!」

あと一撃でツクヨの勝利目前だ。すると、オッツーのスマホが鳴った。その音に気を取られ、オッツーのキャラはKO!された。

「あーごめん、ツクヨっち。今夜オレんち、シチューなんだわ。この続きはまた今度ね」

 そう言い残すと、オッツーは帰っていった。残されたツクヨは寂し気だ。

「ねぇ、サヨちゃん……。オッツーって、シチューじゃないひは、ツクヨのいえでごはんたべるでしょ?」

「まぁ、そうだな」

「どうして、シチューだとかえっちゃうの?」

 オッツーがシチューを理由に家に帰るたび、ツクヨは同じ質問を三縁にしていた。決まって三縁はこう答えた。

「ツクヨがお姉さんになったら教えてあげるよ」

 いつもなら、そこで引き下がるツクヨである。けれど、今日は勝手が違った。日が伸びて外はまだまだ明るいのだ。

───ツクヨちゃんは、これからオッツーをびこうします!

 決意を固めたツクヨは、こっそり家を抜け出した。オッツーの家は、ツクヨの足で10分足らずの場所にある。テテテテ……足取りも軽く、ツクヨはオッツーの家に向かった。

 大好きなオッツーの家の前。ツクヨは電信柱に身を隠す。そして、チラチラとオッツーの家の窓を覗き込む。すると、ツクヨを見つけたアケミとゆきが声をかけた。

「何やってんのかな? ツクヨちゃん。小さなストーカさんごっこですか? うふ♡」

 ツクヨにゆきが意地悪を言う。

「可愛いストーカーさんですね(笑)」

 アケミもゆきに乗っかった。ツクヨは即座に反論した。

「ストーカーとちがうもん! たんていだもん。わたしのオッツー……シチューになると、かえってしまうの。ねぇ、どうして?」

 ツクヨの疑問にゆきは困り顔だ。

「ツクヨちゃんが、お姉さんになったら教えてあげるわ」

 アケミが言うと

「サヨちゃんも、おなじこといった……」

 と、ツクヨはふさぎ込んでしまった……。

「どうしよう……アケミちゃん……」

 ゆきは更に困り顔だ。空を見上げてアケミも困る。シチューの秘密を告げるには、ツクヨはまだまだ幼すぎる……。

「ねぇ、ツクヨちゃん。オッツー好き?」

 アケミはしゃがんでツクヨの目線に高さを合わせた。

「すき」

 ツクヨは真っすぐな目で即答する。

「だったら、オッツーが話したくなるまで待ってあげてくれない?」

 アケミはツクヨに微笑みかける。

「いつまで?」

 ツクヨは少し不満気だ。

「そうねぇ……明日かもしれないし、ずっと未来なのかもしれない。サヨちゃんがシチューのことを教えてくれないのはね、オッツーがサヨちゃんの親友だからなの。ツクヨちゃんだって、忍ちゃんの秘密を知ったら、誰にも秘密を言わないでしょ?」

「……うん」

 アケミの言葉にツクヨは自分が悪いことをしているような気持ちになった。

「でも、オッツーだってツクヨちゃんが好きだから。それは、私から見てもそう見えるから。それは私が保証するわ。きっと、ツクヨちゃんが大きくなったら話してくれるわよ。もしかしたら、サヨちゃんが話してくれるかもしれないわ。みんな、ツクヨちゃんが好きだから、ツクヨちゃんが大きくなるのを待っているのよ。だから、オッツーのこと……待ってあげてくれない?」

 アケミの言葉にツクヨはしばらく黙り込んだ。

「ツクヨ……アケミちゃんとおなじとしになったら、オッツーがおしえてくれるかな?」

 ツクヨは不安げな顔でアケミに問うた。

「大丈夫よ、自信を持って。私、ツクヨちゃんを応援してるから」

 そう言って、アケミはツクヨを励ました。それに、ツクヨの表情が少しだけ明るくなった。

「やっぱここかぁ……ツクヨぉ~、帰るぞ、晩飯だ!」

 三縁の姿を見たアケミとゆきは、ホッとしたような表情で顔を合わせた。

「じゃ、ツクヨちゃんは叔父様にお任せして、私ら塾だから。バイバーイ」

「またねぇ~、ツクヨちゃん」

 そう言い残すと、ふたりは塾に向かって歩き始めた。

「ねぇ、サヨちゃん。おかずなに?」

 夕焼けに顔を赤らめながら、ツクヨは今夜のメニューを聞いた。

「ツクヨの好きなハンバーグ」

 ハンバーグの響きにパッとツクヨの顔が明るくなった。その顔に三縁の表情も緩くなる。

 小さなツクヨの手を引いて、オッツー家からの帰り道。歩きながら三縁は考えていた。どのタイミングで、ツクヨに真実を話すべきかを……。

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