老猫飼いに言わない方がよい一言

冷蔵庫でミルクを待っている老猫
水曜日(猫の話)

 水曜日は猫の話

───痩せたねぇ……

 猫でも、犬でも、年老えば痩せてくる。人間の年齢に当てはめて、七十代、八十代の老体で、ぽっちゃりさんは割と少ない。飼い主が食事に気を遣うのと、猫も食が細くなるからだ。我が家の老猫サヨリも例外ではない。食は太いが体は細い。ガリガリではないのだが、ほっそりとしたスリムな体系を維持している。たぶん、現状がベストサイズ。

 だって、そうでしょ? この子、僕の知る限りでは、太った経験が一度もないのだ。だから、わざわざ太らせる必要性すら感じない。食べる量は多いのだから、瘦せの大食い体質なのだろう。いわゆる、ギャル曽根体質だ(汗)

 そのすべてを理解した上で「痩せたねぇ……」の言葉は凶器である。刺さるんだわ、僕の心に。そんでもって腹も立つ。てか、書いてて少し腹が立ってきた。太ったサヨリを見たことあんの? って、小一時間ほど問い詰めたくもなる。

 猫ブームから十年以上の時が流れた。つまり、十歳以上の老猫が、多くの家庭で暮らしているのだ。その事実には違いない。猫を看取る覚悟で家族に招き入れた人々は、相当な数いるだろう。そこを踏まえて考えてみよう。その人の立場で思考してみよう。己の発言に胸を当ててみよう。

 ねぇ、何が見えるかい?

 まだ生きてたの?……とか、今、何歳?……とか、痩せたねぇ~……とか。

 そうなんだよ。こいうの、刺さるんだわ……心にね。もし、そんな人が周りにいて、同じような発言をして、相手は笑って返事をしてくれて「はい。さようなら(笑)」したとしようか? 心の中で、君は一線引かれたと思う。心の距離も「はい。さようなら(笑)」 次からの対応は、少し変わっているだろう。でも、言った方は気づけない。気づかれぬよう、自分と距離を置かれていることに。

 だって、猫だから。猫なのに、猫だもの……。

 その思考は通用しない。対人関係に〝地雷〟なんてのは、そこら辺に転がっているものである。だからこそ、想像力がモノを言う。すべてにおいて、思考せずして、それらを口に出すのは悪手だと僕は思う。

 この場で書いた話題についても同じである。理解出来る人だけが理解すればよいし、理解出来なければそのまま進めばよい話。〝言わぬが花〟そんな言葉も、令和の世では死語になった。言った者勝ちの風潮が強いのだ。でも、口から出た言葉は戻らないのも、また事実。

 年老いたペットの飼い主は、こういう発言を忘れないもの。僕のように〝この子だけ〟って飼い主ならば、なおのこと。それだけは、この記事を読んだ人にだけ、こっそり耳に入れておこうかな?

「今日も元気ねぇ」

 だけでいい(笑)

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