───あれ、あれ…
隣で作業していた、アラ還上司の独り言が始まる。山積になった書類の奥から、けたゝましく鳴り響くキーボード。マウスの音すら喧しい。チェアを退け反らせ、僕は静かに上司の様子を伺った。面倒事に巻き込まれる前に撤収しなければ。愛猫サヨリのお買い物もあるし、気になるっていたiPadに繋げる手のひらサイズのキーボードの値段とかも調べたい。つまり、急いでいます。
───チョット良いですか?
何ですか、今日は何のトラブルですか?。パソコンが壊れましたか?。証拠は、根拠は、そもそもアナタこそ本当にアナタなんですか?アナタは本当のアナタを見失っちゃいませんか?。あの頃の輝いていたアナタは何処へ行ってしまったんだぁ~!。
ラーメンズのコントのように、言いたいけれど言えやしない。それはあなたも同じでしょ?。だって、相手は上司だもの。ここは素早く、迅速に、敬意を持って対応しましょう。真心を込めて、何時間掛かっても…。
ごめんな、サヨリさん。今日も早く帰れそうに無いわ。
───腹を決め、僕はPCの症状を聞いた
挙動のおかしいマウスの原因はキーボード
───何ですか?、いつもの超常現象ですか?
「マウスが変なんです。ここを回すと画面が上下していたのですが、見て下さい。左右に動くんですよ。ここ、出るって言うし、お化けの悪戯でしょうか?」
───ここ、そんな噂もあるけれどもだ!冗談でも、今、それ言う?
「スクロールホイール、壊れてますね。というか、認識がおかしくなってますね。再起動してみたらどうでしょう。それと、超常現象の類ではありませんよ。お化けはいません。貞子も来ません!。」
僕はキメ顔でそう言った。
「そうですね、やってみましょう。でも、お化けはいますよ。貞子さんは知りませんが!。ここは科捜研の出番ですね」
上司もキメ顔でそう返す。
上司は科捜研の女のファンらしく、問題が発生すると科捜研というワードを口ずさむ癖があった。上司は僕の突っ込みに期待しているようだった。僕は敢えてスルーした。それよりも早く帰りたかった。
流石は25万円のデスクトップ。終了も起動もiPadクラスで爆速だ!。これなら動画編集やCADもヌルヌルと動くだろう。だれから見てもオーバースペック。事務処理専用で使うのは宝の持ち腐れだ。持って帰りたいな、コレ。
───あれ、あれ…
「マウスの動きが変なんですよねぇ〜。さっきまで普通に動いていたんですけどねぇ〜」
納得のいかないご様子。さっきのエクセルファイルを表示させる。皆さんの期待通りで結果は同じ。グリグリとマウスの真ん中のホイールを回す。大画面に表示された表計算画面は大きく左右を行ったり来たりしていた。何やっちゃってくれた?。もう、帰れないジャン。
───腰、据えますか…
「でしたら、マウスかキーボードが怪しいですね。25万円のパソコンは1年くらいで壊れたりませんから。突然、挙動が怪しくなったのですから、きっとハード的な問題でしょう。マウスなら100均で買えますよ」
僕は上司に握られたマウスを観察しながら対応策を考える。早くしないとサヨリのお刺身が売り切れてしまう…。それだけは避けたかった。
───半ば諦めたように、エクセルにデータを打ち込み始める上司。
そうね、そうね。自分で考えようね。じゃ、僕はお先に失礼します。そう、リュックに手を掛けた瞬間。
───あれ、あれ…
「キーボードも変なんです。困りましたねぇ。もう、帰っちゃうんですよね?」
───無い、無い、無い、無い、それは無い
首を捻りながらデータを打ち込む上司の手元。挙動がおかしいキーボードとマウス。デスクに山積みされたファイルノート。地肌の見える頭頂部。───あ、そっか───全ての謎が解明された。
「手元のファイルノート、シフトキー押してますよ。犯人は、お化けじゃ無くて?」
「私でしたぁ〜」
───ハハハハハハハ…失礼しま〜す!
シフトキーを押しながら、マウスのスクロールホイールを回すと、画面は左右にスクロールしますので気をつけましょう。
現場からは以上です。
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