私の夢は小説家。
そう言いたいけれど、そうじゃない。自分の実力なんて、言われなくても知っている。だから、ネットに小説を書いて満足するだけの毎日だ。私の書いた小説なんて、ご都合主義の自己満足。誰にも読まれなくて当然なのだ。
小説を書き始めて五年が経った。書き始めたのは高三だった。だから、私はまだ若い。ピチピチギャルのはずなのに、未だに反応すらないなんて……私のブログだけが、ネットに繋がってないとでも? そう錯覚するほど、私のブログは静かであった。人気のないブログだった。
そんなある日、お問い合わせのメールが入る。何だよ、何だよぉ~! うれしいじゃん(笑) 私は、そのメールに胸を弾ませた。トキメキすら感じていた。
───アナタの才能は近い将来開花します。それは、私が保証します。
知ってる。それ、嘘でしょ?
私に才能なんてどこにもない。もしも、才能の欠片があったなら、五年の間にノーコメントなんてあり得ない。だから嘘だ。
いたずら?───そう考えた方が自然である。
通販で取り寄せた、帝国ホテルのパンケーキでも食べて落ち着こう。でも、ひとりだけでも読んでくれた。いたずらでもうれしかった。私はパンケーキを頬張って、ほくそ笑みながら物語を書き進めた。
平安の世から書き始めた物語。それが、ようやく江戸時代に入る───それは、徳川吉宗の時代。この時代の人生は面白かったな……。
───遠い記憶が蘇る。
私の書く小説は、過去と現代を結ぶファンタジー。平安の世から輪廻転生を繰り返し、現代で結ばれる恋物語。ありがちな設定だけれど、物語の半分は事実に基づいて書いている。私は輪廻転生を繰り返しながら生きているのだから。
転生を繰り返しながら、私は彼を探している。
千年もの間、彼だけを探し求めている。
前世の私は女医だった。もうひとつ前の私は網元の娘。その前、もっと前……私の原点は、平安京の世まで遡る。空蝉という名の女だった。探し求める彼は父の家臣だった。だから、決して叶わぬ恋であった。彼との仲は、父の手によって引き裂かれた。当たり前のように、当然のように……。
彼と結ばれず、彼を失い、私は名前のとおりの人生を歩んだ。私の一度目の人生は、蝉の抜け殻のようだった。二度目、三度目───私は輪廻転生を繰り返し、それぞれの時代を経験した。だから、本当の日本史に私は詳しい。
ペリーの黒船だって、友達と見に行ったもの。
学校の教科書で習った歴史は、大筋で間違っている。日本史の教科書に書かれた年代や出来事。それには微妙なズレが生じていた。私は隆盛さんも、龍馬さんも知ってる。けれど、あーじゃない。あの人たちは、あんなじゃない。もっと、こう……あれなのだ。
女子校時代、それを親友に打ち明けた。すると、気持ち悪がられて距離を置かれた。その日から、話しかけてもくれなくなった。先生に相談すると怒られた。母に告げると病院へ連れていかれた。それからだ、私が過去の体験を口にしなくなったのは。
もう誰にも話さない……頭がおかしいと思われるだけ。
口を閉ざす代わりに、私は小説を書き始めた。私の小説を読めば、きっと彼が迎えにきてくれる。言葉に願いを込めながら、私は物語を紡ぎ続けた。言霊の力を信じながら。平安から令和まで、私のこれまでを書き続けた。
あのメールから数日後……。
私のブログが爆発した。人気アイドルの目に留まり、私の小説は瞬く間に拡散された。程なくして、誰もが知る出版社からメールが届く。えっ! 拾い上げ?……大手からの執筆依頼に驚いた。
メールの主は、お問い合わせの人であった。ずっと、私の小説を読んでいたのだそうだ。私の才能を見つけてから、私に連絡を取るタイミングを計っていたのだとも書かれていた。私には、断る理由が何処にもなかった。だから、快く依頼を受けた。
打ち合わせ場所は、出版社の六階会議室に決まった。ビルの前で担当さんが待っていてくれるそうだ。セキュリティの問題で、外部の人間は会社の中に入れないのだとか。さすがは、大手企業だ……。
初めての打ち合わせの朝。
出版社へ向かう電車の中で、担当さんからLINEが入る。目に飛び込んだ文字に、私の心臓が激しくゆれた。
───ようやく会えますね……愛しの空蝉。
私の現世で、空蝉の名を誰も知らない。父も、母も、友人も……。千年の想いが、私の瞳から溢れ出た。
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