のんちゃんのブログ王〝018 敗北〟

小説始めました

018 敗北

「地の文、台詞、心理描写、情景描写。そいつをどうにかしなさいよ! あんたのはね、分かんないところが多いのよ! 文法がメチャクチャなのよ。 まぁ、そのプロットは面白いけど」

 なんだかよく分からんが、アケミの怒りのひとつひとつを思い出しながら、俺は土日返上で手直しをした。何ひとつ、エピソードが加わらないのに、文字数だけが伸びていく。それは足りない描写と台詞を足した結果である。アケミから見れば、讃岐弁主体の日本語文法はメチャクチャなのだろうけれど……。

 そんなワケで書き直し。

 というよりも、読み直すとアケミの指摘がおぼろげながら見えてくる。アケミの助言を要約すれば、もっと詳しく書けってことだろ? それを直しても、直しても、読み返すたびに粗が増えるって、ゾンビかよ? 俺には意識改革が必要だった。

 だから、ひとつひとつの場面を更に深くイメージした。イメージの画素の粗さを、VRレベルになるように務めた。すると、書き足せるものが見えてくる。見えてしまえばこっちのものだ。

 イラストに、細かい線を書き足すように、俺は言葉の隙間を言葉で埋めた。ゾーンに入ると、気づけば朝日が昇る日もあった。授業中、こっそりポメラで内職もした。

 そんなこんなで、睡眠不足の月曜日。俺は先週と同じように、桜木に修正した原稿を手渡した。

「よくがんばりましたね。1ページ目だけでも進化の跡が見てとれます。今回は、前回以上に期待できるかもしれませんね(笑)」

 桜木は、温かく俺の原稿を受け取ってくれた。お前だけだよ、俺の小説を理解してくれるのは。桜木からの“まる”だけは、現時点で確定だ。

 あとは、アケミとゆきである。せめて、ゆきだけでも……そんな願いを込めながら、俺は今日一日を過ごしていた。オッツーは、いつもどおりの脳天気ぶりである。

 オッツーに異変が起きたのは、よりによって数学の授業中だった。俺の後ろの席から、何やらガチャガチャと音がする。オッツーが机の下で何かをしている気配があった。

 その音が気になって、気になって、授業に集中ができない。教師の目を盗んで後ろの席へ振り返ると、オッツーのつむじが見えた。

「オッツー、何やってんの?」

 先生に聞こえぬように、俺は小さく声をかけた。すると、オッツーの肩がビクンと揺れた。

「ビックリするなぁ。脅かすなよ(汗) これか? ベルトの電池の入れ替えだけど? ほら、今日お前の審査だろ? 新品の電池入れとかないとな。放課後から、何度ベルトの出番があるのか分からんからな」

 それは、オッツーの友情の証なのだろう。ありがとな。でも、それ失格前提の行動だよな? せめて、俺にだけは分からんようにやってくれ! まだ、審査前なのに落ちた気がする。

 長いようで短いような。そんな学校での一日が終わり、再び審査発表の時がきた。今日のひとり目はゆきである。前回と違ってゆきの表情がとても明るい。嫌でも期待が持てる気がする。お願いだ、ゆき。どうか、ひとつ“〇”をくれ!

「前回よりもよくなったと思う。わたし、これ、結構、好きなお話よ。サヨちゃん、“〇”をあげる(笑)」

 やった!

 ひとつ難関を突破した。オッツーも俺の後ろの席からガッツポーズだ。やっぱお前、いい奴だよな。うどんを帰りにしばきに行こう。あとふたりだ。次も“〇”をよろしく頼む!

 ふたり目は、我らが桜木である。いつもと同じ笑顔に安心感しか感じない。

「ホント、前回よりも格段のアップです。申し分ありませんね。“〇”ですよ(笑)」

 よしっ! 残るは、ラスボスアケミだけだ。でも、アケミの表情が硬い。かなりヤバい表情だ。眉間に深いシワが寄っている。

「みんな……ご、ごめんなさい」

 アケミからの異様なプレッシャーのせいだろうか? ゆきは口を押さえて教室を飛び出した。

「ゆきさん、大丈夫ですか?」

 続けて桜木もゆきを追う。ふたりの退室を確認すると、アケミが重い口を開いた。

「まだまだねぇ」

 終わった……プロの目は果てしなく厳しかった。

「何よ、これ? 売れないわ!

 アケミの表情は、硬さから鬼神へと変貌した。俺はアケミからの言葉のむちに、前回と同様に打ちのめされた。その言葉の鞭は、もはや、いじめの領域を超えていた。何ハラなんだよ、このプレイは? 口に出すのはアレだが、徐々に俺は言葉の鞭に慣れ始めていた。

「はい。分かりました」

 こんな言葉が出るほどに。

 人間という生き物に、適応能力が備わっているのは本当だった。そして、その能力は俺にも備わっていたらしい。不思議なほどに前回のようなショックがなかったのだ。アケミの鞭の一本一本をメモに取り、俺はアケミ攻略の糸口を探り始めていた。

「今回はこれくらいにしておくわ。あまり小説をなめないでね!次は売れる小説を期待してるから」

 アケミは教室の扉をパシャリと開き、バタバタと階段を降りて行く。俺は開けっ放しの扉を閉め、鍵を掛けて職員室へ向かった。散々、アケミにぶちのめされた。けれど、今日はそれほど気分は悪くなかった。

 今回は大きな進歩があったのだ。

 桜木に次いでゆきからも“〇”をもらった。俺の本丸はアケミひとりに絞られた。もう一息だ。今の俺は前向きだった。『プラス』は『マイナス』から書き始める……な、そうだろ?

 残念そうなのはオッツーである。

 俺の背後で、ベルトのスイッチを押す瞬間を、今か今かと待っていたのだ。アケミからの暴言の嵐に、俺が一向にへこまないものだから、諦めてオッツーまでもが帰ってしまった。

 それに気づいたのは、アケミが帰った後である。それでも、俺のことが心配だったのだろう。オッツーは、俺を自転車置き場で待っていた。

「これ、いるか?」

 オッツーは、ベルトを指さしニヤリと笑う。ここ最近、何度も俺の心を救った命のベルト。新品の電池が入った変身ベルト。このまま帰すのもかわいそうだ。

「おう! 景気づけにやってくれ」

 今日は、俺からリクエストした。

「ちょっと待って、だったら今日は特別だ!」

 オッツーは、腰に変身ベルトを巻きつけて、滅多に見せないポーズを取った。

「今日は特別にお見せしよう、仮面ライダー! 変身!」

 ───ギュィィーーーーン!

 それは2号のポーズであった。

 その夜、俺は真っ直ぐに小説と向き合っていた。アケミから“〇”をもらうために。次こそは、決めてやる。

 小説を書き始めてからも、毎日、のんからのメールは届いていた。ブログを書き、コメントに返信し、のんからのメールに目を通す。そのメールに返事を書き終えると、ようやく俺の一日が終わる。

 俺が小説を書いている事実を、のんにはまだ知らせてはいない。うれしいお知らせはサプライズである。

 小説完成まで、あと一歩。

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