彼女のうんちを、僕は一生忘れない

ショート・ショート
土曜日(ショート・ショート)

 あの人から目が離せない。

 うどん屋で、彼女が僕の目をくぎ付けにした。これが絶対的存在感なのか? 金髪にヤマンバメイク。殺傷力の高そうな長い爪。ラフな服装はパジャマだろうか? 彼女の両脇にふたりの小さなおばあさん。それが、さらに彼女を大きく見せる───戦闘力53万! とっさに、戦闘力たったの5の僕は思った。この人は……強い。

 視力が弱い僕だから、美人さんとか、ベッピンさんとか……僕の目を引く原因はそこじゃない───目に見えぬ違和感だ。どうしようもない違和感が、モヤモヤした違和感が、彼女の魅力を引き立てる。ひとめぼれともまるで違う、いうなれば、五感を超えた僕のシックスセンスが反応している。

 うどんを啜りながら彼女に視線を送る僕がいた。もはやこれは変質者。明らかに挙動不審な僕がいた。コロッケを食べ終えた頃、僕は謎の違和感の正体に気づく。そう、違和感の原因は彼女ではなくて服の方だと。何かがおかしい……。テーブルから周りを見渡すと、僕と同じ能力者もいるようだった。このうどん屋は広い。高校の学食ほどの広さがある。だから、お客の数も相当数。その中の数名が、チラチラと彼女を見ていた───君たちは同志だ。

 とはいえ、相手は女性である。近づいてまじまじと眺めるわけにもいかない。昼食を終え食器の返却口へ向かうと、僕の前に彼女がいた。僕の半径1メートル以内に彼女の姿があった。でも、違和感の正体がつかめない……。大切な何かを見落としている感覚に、エヴァの次回予告を思い出す。ミサトの「サービス、サービスぅ」を思い出す。絶対にあり得ぬサービスに、深いため息を僕は漏らす。もう少しで見えそうなのに……モヤモヤする。とはいえ、真相の解明まで彼女を尾行するわけにもいかない。

 この事件は、お蔵入り……。

 そんなぶらり散歩気分で午後の段取りを考える。それがコンマ数秒、僕の意識をずらした。視点を外して再度見る。彼女の背中に答えが見えた───そっか、そっか! これだよ、これ! 幽霊の正体見たり枯れ尾花。あまりの可笑しさに、僕は頭を伏せてほくそ笑む。それは気づかぬ自分へ向けた失笑だった。

 へぇ~、こんなのあるんだ。

 そのうち感動のような感情までもが芽生え始める。だって、これはあれだもの。ところ狭しとプリントされた無数のイラスト。それが、茶色いスライムに僕には見えた。でも違う───うんちだった。

 彼女のうんちに僕は知った。一点だけではダメなのだと。物事は多角的に観察することが大切なのだと。どこの誰だか知らないけれど、ありがとう。うどん屋から外に出れば五月晴れ。初夏の清々しい空気は、僕の心の中と同じであった。彼女のうんちを、僕は一生忘れない(笑)

 ちなみにこれは、僕の目撃談をショート・ショート化したものである。

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