マロカン(参)

ショート・ショート
土曜日(ショート・ショート)

(小五郎ちゃんが、小五郎ちゃんが、小五郎ちゃんが……)

 恵子の向かう先は厚い雲で覆われてた。小さな雨粒が恵子の頬を叩き、やがて土砂降りへと姿を変えた。それでも恵子は突き進む。小田切が務める交番を目指して。

 先代から受け継いだ食堂は、交番勤務の警察官御用達の店だった。恵子の祖父、洋三の時代には警察官が制服のままで食事を取るなどしばしばだ。時には交番へ出前を運ぶことも。それは、飲食業を営む洋三とっても好都合であった。面倒事を避けられるのだから。

 いつしかそれが、交番の慣習となり、非番の若い独身警官は洋平の店で食事を取った。つまり、小田切と恵子は馴染みなのだ。恵子が小田切を頼るのも当然である。

「助けて……小田切ちゃん……」

 土砂降りの雨の中、頭の先から足のつま先まで、ずぶ濡れの女子高生が交番の前に立っている。透けて見えるブラのラインが艶めかしい。それを恵子と認識した瞬間、小田切は声を荒げた。

「け、恵子ちゃん! 何があった!」

「小田切ちゃん、わたし……小五郎ちゃんがっ!」

 小田切の姿に気を緩めた恵子は、半狂乱で小田切に抱きついた。

「とりあえず、中に入って!」

 小田切は交番の中へ恵子を招き入れた。むせび泣く恵子に大きなバスタオルを渡すと、給湯室で温かいココアを入れた。恵子を落ち着かせるためである。

「何があったの? 恵子ちゃん。小五郎さんに……何かされたの?」

 最悪を想定しつつ、小田切は恵子に優しく話しかける。小田切と小五郎とは、食堂で面識があった。実年齢と見かけとのギャップに、小田切は疑念を抱いていた……年齢詐称。

「家が……なくなっているの」

 小刻みに震えながら、恵子はありのままを小田切に告げた。

「小五郎ちゃんの家が?」

 困惑したのは小田切である。恵子の言葉が理解できない。

「日曜日、小五郎ちゃんは食堂に来たわ。明日も来ると言って帰ったわ。でも、来なかった。だから日曜日には小五郎ちゃんの家はあったはず。なのにさっき、心配になって小五郎ちゃんの様子を見にいったら……家も畑も何もないの! 小田切ちゃんは、警官でしょ? 調べてよ! 今すぐに!」

 声を荒げ、恵子は小田切を捲し立てた。

「まぁ、落ち着いて……まずは、ココアだ。その後でお店まで送ろうね。今日は水曜日……か……」

 小田切は恵子に冷めかけたココアを勧めた。しっかりしているように見えても恵子は高校生。小田切は思う。洋平からも話を聞かねば……。

「どうした! 恵子!」

 制服姿の小田切に連れられて、全身濡れネズミの娘に動揺しないわけがない。慌てふためく洋平に、小田切は淡々と事情を説明した。

「そういうことでしたか……私からもお願いします。警察のほうで行方を調べていただけませんか?」

 小田切に洋平は頭を下げた。小田切は、鋭い視線で洋平に問う。

「ところで、小五郎さんという人物ですが。あの方、ほんとうに百歳ですか? どう見ても、五十歳くらいにしか見えませんけど?」

 喉奥でくすぶる魚の小骨のような疑問を、小田切は洋平にぶつけた。

「私が幼稚園の頃から、小五郎さんの外見は変わっていません。むしろ……若返っているようにも見えます。警官の小田切さんが、何かしら疑うのも理解してますよ。常識では、あり得ない……」

「いえ、そんなことは……」

 小田切の言葉は嘘である。とはいえ、人ひとりが失踪したのだ。ふたりから一通りの事情を聞くと、小田切は交番へ引き返した。捜査の結果は、追って知らせると約束をして。

 それと同じ時刻。小五郎は見知らぬ施設の中にいた。敷地全体が10メートルほどの塀に囲まれている。8階建ての建物は、高級ホテル並みの設備が完備されていた。

プールサイドで暇を持て余す小五郎に、ビキニ姿の美熟女が微笑みかけた。年齢は五十手前だろうか?

「あら、新入りさんね。よろしくね。アナタ、おいくつ? 私は百と五歳だけど……歳下かしら?」
 
 この直後、小五郎は彼女から驚愕の事実を知らされることになる。この施設の平均年齢が103歳であるのだと。

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